水底に灯る火 D そっぽを向いてデミトリが口を開く。 「それでいいじゃない。知らないよ、僕の両親だろうが、王族の血だろうが、そんなのもう知らないよ。僕たちは死んだ人間なんだもん」 「なんだか拗ねているように見えるんだが」 「いいんだよ、子供の癇癪だと思えばいいじゃないか。僕は除け者だったんだから。 バセリア公が兄様に酷いことしているのを見るしかできなかった。自分が何者なのか教えても貰えなかった。今ごろ知る始末だよ。少しぐらい臍を曲げても許して貰えるんじゃないかな」 最初は拗ねているのかと思ったが、語尾が揺れていることでデミトリは強がっているのだとアウディは気づいた。 「大丈夫だって兄様が言ったんだから、僕はその言葉に胡座をかかせてもらうから」 その上でデミトリは懸命に救いを探しだそうとする。まるで水の中で揺らめく陽光を求めるかのように。そうアウディには思えてならない。 「責任重大だな」 「兄なんだから当然だよ」 冗談めかして答えながらデミトリの不安が伝わってくる。 縋るしかないのだ、この溺れてしまいそうな先の見えない未来の中、唯一示された明かりに。まるで暗い水の底を照らす小さな灯し火だ。 掻き分けても水が押し寄せ、抵抗に体が跳ね返される。途方もない世界だ、逆らいようのない流れだ。アウディもデミトリも無力に揺れるだけの藁屑でしかない。 希望と呼ぶには頼りなく、救いにするには無力だ。 それでもデミトリにはアウディが兄であり続けるほうがいいのだ。そうしなければ耐えられないのだ。 アウディの心をよぎる言葉があるのと同じように。 「そうだな、精一杯頑張るさ」 ようやく返したアウディの言葉にデミトリがほっとした表情を見せる。 血のつながらない兄弟でいいのだろう。それがデミトリの灯火だ。 アウディもまた確証のない言葉を信じているのだ。頼りないものに縋るのはお互い様だろう。 [前へ][次へ] [戻る] |