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水底に灯る火
F
「……私は死人だ。今死のうが、貴方の仰るように後々殺されようが、もはや関係ない。ましてや卑しい生まれのもの。それでも私は陛下を信じる」
 再び顔を床に押し付けられて言葉が中断する。自分の体がどんな状態だか分からなかった。叫んだつもりだったが、存外声は掠れて主張たるものになっていたのか不明である。
 それでもアウディは抵抗した。力の差がどうであれ、必要であったのは顔を上げることであったのだから。
 背中全体が針を刺すように主張する。それでもデミトリとバセリア公へと向かい合わねばならない。その思いが突き動かしている。
「死人としてでもいい、嘘でもいい。虜囚として生きるよりは、陛下を信じて死ぬ。たとえバセリア公、貴方の言葉が本当で、国外に出た途端に処分されたとしても、私はその道を選ぶ」
 そうすれば戦は起きない。デミトリを使った内乱は起きないのだ。
 最初アウディに現在デミトリが押し付けられようとしている役目を命じたくせに、王は違う道を用意した。奇麗事と哂われていい、それでも王の策の方が好ましく感じる。
 命を捨てるなんて犠牲的精神で選んだわけじゃない。ただ好きか嫌いか、それだけなのだ。
「痴れ者が! 喉を潰せ、目を抉れ。そこまで愚弄するならば、殺しはせぬ」
 バセリア公は怒りで目を血走らせて、部下に命じていた。ただの人質であり、身内の汚点である存在の抵抗が目障りでならないといった様子だ。
 アウディの目の前で暖炉から火かき棒が取り出される。喉に押し込むつもりなのだろうか、瞼に突きつけるつもりなのだろうか。想像に対して恐怖心は起こらなかった。
「止めて! 止めて下さい、僕は」
 デミトリの悲鳴にアウディは飛びかけた意識を現実に戻す。
 この場に居てもっとも心が傷つくのはデミトリだ。それを狙ってのバセリア公の言葉ならば、自分に人質としての価値が消えてしまえばいいだけのこと。
 導き出した結論は存外に簡単なもので、目の前にある火かき棒がアウディを望んでいるように映った。
 鉛のように重たかった体が嘘のようであった。大人しく掴まっていたため油断していた部下たちを押しのけ、アウディは火かき棒を握り締めた。
 手のひらの感覚が熱さすらも感じない中、アウディは自分の顔を熱せられた鉄の先へと近づける。
「兄様!!」
 デミトリの悲鳴と、小屋の扉が開き、どっと兵士がなだれ込んできたのは同じようにアウディには聞こえた。
 自分の顔に押し付けるつもりだった火かき棒の軌道がそれ、左肩と胸の間にくっつく。すぐに火かき棒を取り上げる形で押し当てられた部分から外れるが、焼けた鉄から両手をはずすために、手の皮ごと引き剥がされる。

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あきゅろす。
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