槻木くんは猫離れができない
四ノ一
冷たい秋の夜風が頬を刺す。
もうすぐ午後8時を過ぎてしまう。
特に厳しい門限などはないが、あまり遅くなると妹がうるさい。
胸ポケットに2を隠し、僕はマンションの7階にある自宅へ急いだ。
「あら、おかえり秋臣。今日はめずらしく遅かったわね?」
家に入ると、リビングでテレビを見ていた母さんが言った。
帰宅部の僕は普段、大体午後5時には家に着いているのだ。
「ただいま。今日はその、ちょっと友達の家に」
今日のことをなんと説明していいか解らず、とりあえずそう言った。
「ふーん、竜君の家?あ、夕飯冷蔵庫に入ってるから温めて食べなさい」
と言って母さんはまたテレビの方を向いた。
色んな事があって気がつかなかったが、僕はとても空腹だった。
台所へ行こうとした時、
廊下からダッダッダッダ、と足音が勢いよくこちらに向かってきた。
「お兄ちゃん!こんな遅くまでどこ行ってたの!!」
走ってきた妹の杏(あんず)が仁王立ちでそう言った。
「と、友達の家ですけど…」
「あ!ひょっとしてまた竜君?あんな足が速くて陸上部のエースで顔がちょっとかっこいいだけの男、どこがいいのよ」
「褒めすぎじゃないか?」
「ほ、褒めてないもん!いいからごはん食べなさい!子供がこんな時間まで出歩いて」
杏はそう言いながら、冷蔵庫から夕飯のおかずを出し、電子レンジで温め、お味噌汁の鍋を火にかけた。
小学校6年生の杏は、兄の僕をなぜか子供扱いする。
「はいはいすみませんでした」
食卓テーブルにつきながら僕は言った。
「お兄ちゃんも千李君みたいな大人になるまで夜遊びは慎みなさい」
杏は茶碗に白米をよそい、僕の前に置く。
「ありがとう。兄さん、夜遊びなんて滅多にしないけどね」
"千李(せんり)君"とは僕らの兄で、今大学3年生だ。
我が家は父さんが単身赴任で、たまにしか家に帰ってこない。
なので兄さんが"父親代わり"みたいなところがある。
「ほんと、勉強とバイトばっかり。今日もバイトで10時くらいに帰るって」
兄さんは僕と違い、頭が良い。
そしてたまに勉強を教えてくれる。
学力で平均を保てているのは兄さんのおかげでもあるのだ。
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