槻木くんは猫離れができない 三ノ七 目眩がした。 今日は何なんだろう。 隣の席の女子がエスパーだったり、数字が宙を舞ったり。 これが槻木君に近づくための代償だと言うのか。 「すっかりその子に懐かれてしまったみたいだね」 しばらく呆然としていた僕に数字屋が言った。 その6−4から生まれた2とやらは僕の周りをくるくると旋回している。 さっき隠れてしまった3と5と0も、いつの間にか僕のそばをふよふよしている。 試しに人差し指を差し出してみると、2がすいっと近づいてきて指先にくっついた。 なんだか可愛く見えてきて思わず笑顔がこぼれてしまった。 「それにしても、なぜ突然数字と仲良くなろうと思ったのかな?」 しばらく僕と2を眺めていた数字屋がそう言った。 「えっと…仲良くなりたいというのは比喩表現といいますか…、僕、数学が苦手で」 そうだ。数字は可愛いく見えたけれど、結局数学は克服できないままだった。 そう落胆しかけたとき、数字屋が言った。 「ああ、なるほど!じゃあもう大丈夫だね」 「え?」 「数字、好きになったでしょう?」 確かに今まで見ただけで気分が沈んでいた数字に対して、拒絶反応がなくなっている。 「好きこそものの上手なれ。きっと数学も好きになるはずだよ。そうだ、その子をしばらく連れて歩くといい」 数字屋はそう言って微笑んだ。 この人の笑顔は、前髪で目が隠れているにも関わらず、なぜかとても安心する。 母の様な笑顔、とでも言うのだろうか。 慈愛に満ちていて、不安な気持が薄れて行くのだ。 「なれるかは解らないけど…がんばってみます」 なんだかやる気が出てきた。 僅かな一歩だが、槻木君に近づいたのではないだろうか。 いや、間違った。 槻木清羅の飼っている猫に近づいたのだ。 <<>> [戻る] |