槻木くんは猫離れができない
三ノ五
店に入ると暖かかった。秋風に吹き付けられていた冷たい頬が熱くなる。
店の中は古書がびっしり詰まった本棚や、なにか工具やネジらしきものがごちゃっと置かれた机がある。
いったい何の店なのやら見当もつかない。
古い掛け時計の振り子の音だけがコチコチと響いている。
店の奥半分は小上がりになっていて、その小上がりの畳の上で気だるそうに煙管をくわえ、煙をふかしている男がいた。
「あの、こんにちは…」
恐る恐る声をかけてみると、その男は、ふいっとこちらを向いた。
「おや?めずらしいお客さんだね。僕、ひょっとして迷子かな?」
男は長身で、若竹色の着物を着ている。
年齢はよくわからないが、25、6歳ってところだろうか。
柔らかそうなくせっ毛を腰まで伸ばしていて前髪も長く、目を覆ってしまっている。
「いえ、ここを訪ねてやってきました。桜沢秋臣といいます」
「ほう、美しい名前だ。僕、よくここがわかったね」
男は感心したように言った。
「あの、雨宮さんという人に教えてもらって…」
「おお!菫さんか!ふむ。彼女にこんな可愛らしいボーイフレンドがいたとは」
男は煙管の灰を落としながら微笑んだ。
「ぼ、ぼ、ボーイフレンドとかそういうのではなくてですね、あの僕は数字と、その、仲良くなりたいっていうか…」
しまった、動揺して支離滅裂で電波なことを言ってしまった。
と、思ったが、男はぱっと顔をあげ
「それはいい!みんな丁度退屈していたところだ。こちらへ来なさい」
嬉しげにそう言った。
"みんな"って、ほかに誰かいるのか。
おいでおいでと手招きされて、僕は靴を脱ぎ、小上がりに上がった。
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