4)大正恋々
今日も無事に師範を終え、幸は帰り支度をして女学校を出た。
裁縫の師範中に造ったものをハイカラな鞄に詰めていると、自然にはにかんでくる。
嬉しい気分のまま外に出た瞬間、幸村は顔色を変えて校門とは逆の方向に急いで走りだした。
下校中の女生徒達の隙間から、見覚えのある人が垣間見えたからだ。
校門の前で立っているのは、間違いなく自分の婚約者だ。
見つかる前に近くの桜の木の下に隠れる。
きっと、まだ気付かれていないはずなのに、胸の高鳴りがうるさくて胸に手を当てて深呼吸をする。
――どうしよう、また顔が熱くなってきた。
「真田さん、どうされました?」
女生徒に話しかけられて、慌てながら幸は人差し指を口元に当て、身を隠している事を伝えた。
空気を読んでくれた友人は、一度微笑んでから素知らぬ顔で校門を通り過ぎて行ってくれた。
他の女生徒たちは、政宗の美貌に頬を赤らめながら下校していく。
門を通り過ぎてから数人毎に集まり、「どなたでしょうか?」「綺麗で格好良いお方ですわ」などと小声で騒いでいるはずだ。
数分が過ぎ、そろそろ頃合いかと幸は木の幹から顔を覗かせた。
「――なに、隠れてんだよ」
「ぎゃああああ!!!」
耳元で囁かれた声に、幸は思いっきり叫んでしまう。
「…叫ぶなら、もっとcuteな声出せよ」
「あー、あああー!あうー」
いつの間に背後に立っていたのだろう。幸は動揺を抑えられぬまま息を切らして政宗を凝視する。
「…落ち付けって」
ポンポンと頭を撫でられると、次第に幸は落ち着きを取り戻していく。
そのかわり、頬が真っ赤だ。
「ちゃんと、俺の言いつけを守ってるな」
良い子だと、政宗は満面の笑みで喜んでいた。
「…何のことでしょうか?」
「昨日だな、今日の夜に幸を借りるから最高の身だしなみにしておけって猿飛に伝える様に小十郎を使いに出した」
――まさか、図られていたのか?
今日の着付けはいつも以上に気合が入っているな。
そう思っていたが、まさか佐助にそんな思惑があったなど、今朝の幸には知る由もなかった。
「それに、お前が身に付けてるの、全部俺からのPresentだぜ?」
「……うそぉ」
「嘘なわけない、似合ってるぜ」
微笑みながら、幸に手を差し出す。
「ちなみに、ご両親にも許可を貰ってる。――you see?」
佐助にも、両親にも、小十郎にも、政宗にも図られていたとは、何という不覚。
確かに事前に知っていたら、自分はありとあらゆる策で逃げ道を探すはずだから。
其処まで見切られて図られた事に、幸は落胆するしかない。
諦めて、政宗の手を取るしか道はなかった。
これから幸は、政宗と生まれて初めてのデートを体験するのだ。
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