2)大正恋々


彼は、相変わらず煙管を吹かしながらニヤリと薄ら笑いをして幸を見ていた。

目が合ったら最後、幸は固まってしまうしかない。

矯正な顔立ち、切れ長の瞳は流し眼で幸を見る。
紺の質素な柄の着流しは腕の立つ機織りが造ったのだろう、よく似合っている。
その着流しから見える首筋、鎖骨、程良く筋肉が付いている胸筋。

なんとも言えない色気を醸し出している姿は、まだ初心な幸には毒気すらある。

「…あ、あの」
「――幸」

幸の言葉も思考も塞ぐ、凛々しい声が静かな部屋に響く。

「今いくつだ?」
「あ、十七でございます…」

高等女学校に通い、丁度今年で4年目になる。
4年目になり卒業も近くなると、親同士の釣り合いを考えて見合いが始まり、早い人で卒業前に結婚する女子も少なくは無い。
例にもれず、幸の元へも見合いの話が何件か舞い込んできていた。

『女学校を卒業したら直ぐに祝言をあげるぞ』

大勢の見合い相手の中で両親が大納得した相手が、この伊達政宗なのだ。

少しでも真田家のために、と願う両親の考えは政略結婚そのもので、身分が違いすぎる事に幸は戸惑っていた。
どうせ、向こうも身分の低い真田家の目論みなど把握しているはず、いい返事など来ないと初めは期待していたが、政宗は直ぐに婚約を承諾した。

今年で十九歳になる政宗の元へは、それこそ妥当な家柄の娘を婚約者にしてもおかしくは無いのに、政宗は幸を選んだのだ。

「どうして、私…なので、しょうか…」

政宗に見つめられて、上手く言葉が出ない。

しどろもどろに話す自分は、なんて滑稽なのだろう。

「まだ、気がついてねえのか?」
「なにを、です…か――…!?」

気がつくと、政宗がすぐ目の前で胡坐をかいた。突然の事に幸は言葉を無くしてたじろぎ、逃げる瞬間を失った。

獲物をしとめる獣のような瞳が直ぐそこにあり、得体のしれない感覚に囚われる。
恐怖にも似た高揚感に、幸の頬は次第に赤くなる。

「自分の価値だ」
「――?」
「もう十七だろ?もうちょっと、男に慣れろよ」

――いや、俺に慣れろよ。

耳元で囁かれ、幸は声にならない悲鳴を上げた。

「――は、破廉恥です!!」

湯気が出そうなほど頬を真っ赤にして、それでもやっと出た声が上ずいていた。
恥ずかしさと、見ていられない政宗の艶のある眼差しから逃げる様に俯くと、頭上でクスクスと笑い声がした。

「その初心さを無くして、早く俺んとこに来いよ」
「む、無理です!」

涙目になり、頭を横に振る姿は何と可愛らしい事か。
政宗は愛おしさから笑いが込み上げてくるのを抑えられない。

「まあ、俺のトコに嫁いでから慣らしてやるよ」
「……うぅー」

降参とばかりに肩が下がっている幸の頭を優しく撫でた。







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