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虹の彼方 92




下を向いたまま、悶々としていたら…
小さく溜息を吐きつつ、言われる。



「…優衣…。…君が拘る気持ちも、解らなくはないけれどね。」
「でも、もう…過ぎた事だ。潔く現実を受け入れたらどうなの。」

「それとも…僕に謝罪をして欲しいのかい?」





そう聞かれると…
別に謝罪が欲しい訳ではない事に気が付く。



「…いえ、そんな訳ではありません。」



「じゃあ、どうして欲しいの。」



…ええと…?
私は、どうして欲しいのだろうか?

う〜ん…と考えてみるけれど…解らない。
多分、もう私の中では受け入れられているのだろう。

現に、キスをされた瞬間も、その後も
…嫌悪感も不快感も感じなかった。



だけど、何となく悔しい気持ちがあって
…ちょっと拗ねてみた、という感じだろうか。




あぁ、何だか…どうでも良くなって来た、な。





「…あの…すみません。」
「ちょっと…拗ねただけですので…もう良いです。」



変に抵抗して逆らうのは止めて
素直に“もう降参します”と…白旗を上げてみた。









…と、それを聞いた恭弥さんが


「うん。突然の事で、混乱したのも解るけれど。」
「そこで止めて置いて正解だと思う。」
「あまりしつこく言うようなら、本当に狼になってやろうかと思っていた所だ。」


とても怪しげな笑顔で言われて、少々焦る。



「…本当の狼、ですか…?」



「あんな触れるだけのキス程度で、狼呼ばわりされるのは…」
「少々、納得が行かないからね。」
「本気の狼という物を教えてあげるのも、良い経験かな…という事だよ。」





「…………。」



言われた言葉を…
未だに少し酔いが残っている頭で、ゆっくり理解をする。

そして…そこで初めて
自分が先程、悔しみ紛れに言った台詞が“藪蛇”だった事を理解する。


“恭弥さん相手に、滅多な事を言うべきではない”
…と悟った時には…遅かった。






怪しい笑顔のまま、じっと私を
真っ直ぐに射抜くように見て来る恭弥さんの視線を受け

…どうしよう…と狼狽し焦る…。


気のせいなのか…
灰蒼色の瞳の奥が、キラリッと光ったような気がした…。



(………っ…)







けれど…次の瞬間に
恭弥さんが、フッと笑みを零しつつ…


「……冗談だよ。」
「本当に優衣は…からかい甲斐があって面白い。」



クスクス笑いつつ言われ
からかって遊ばれた事は少し悔しいけれど…
でももう、これ以上余計な事は言わないでおこうと
…口を閉じた。





私の態度見て、笑いつつ…


「へぇ…賢明な態度を取れるようになったね。」
「少しは、学習出来たようだね。」



「…………。」


私だって、そこまで…お馬鹿な訳ではない。
こんな時には、下手な事は“言わぬが花”なのだ
…と段々と解って来た。



「そう、それで正解だ。」
「余計な事を言えば言う程、嵌る…という状態だと悟ったなら沈黙を守るのが、賢いやり方だ。」









そう言った後に…
私の頭に、軽くポンと手を乗せて…



「今日は、朝から色々とあったし疲れただろう。」
「もうそろそろ…お休み。」




その言葉を聞いて、やっと解放して貰えるようだ…
…と、ホッとしつつ返事をした。



「…はい。そうします。では…お先に、失礼します。」









ソファーから立ち上がって
ペコリと頭を下げ、自分の寝室に行こうとした所で
恭弥さんに…軽く腕を掴かまれ、止められた。


…そして…



「…優衣、…忘れ物だよ。」


そう言ったかと思うと…





…ちゅっ…



(…っ!!…)


とても素早く…軽く唇に触れられた。






…あぁ…

すっかり油断をしていた。




「恋人同士の“おはよう”“おやすみ”の挨拶は…こうだろう?」


妙に爽やかな笑顔で言われるが、
返す言葉を見つけられない。

それより…
急速に、顔に熱が集まって来たのを感じてしまい
…真っ赤な顔を隠したくて、俯いてしまった。



「今後も、忘れずに“実践”する事、…良いね?」


念を押され、観念して小さな声で
俯いたまま…答える。




「……は、い……。」








私の答えを聞いた恭弥さんが、
改めて『おやすみ』と言ったのを聞いた後に
無言のまま再び軽く頭を下げて
…その後、大急ぎで自分の寝室に行く。


そのままの勢いで、ポスンッ!とベッドにダイブをし
…ふかふかの枕に…
恐らくは真っ赤になっているだろう自分の顔を…埋めた。



さっきは…これから行くイタリアの事も考えたら、
私の恋人としての演技も
もう少し上手くなくてはいけないだろうし
…キスぐらいは当然のように出来なければならない…
と“頭では納得”した。

だけど…やっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしい。



これを明日から毎日、当たり前のようになんて
私に出来るのだろうか。

…慣れるしかない、という事なのだろうか。



…………。




正直、とても不安だけど…これも仕事の為だ。

そもそも名女優になる為にどうしたら良いかと
話を振ったのは私だし…
覚悟を決めて努力をするしかないだろうか…




…そんな事をボッーとした頭で考えていたら…


一日の疲れもあり、
先ほど飲んだワインの効果もあり…

一気に眠気が襲って来た。




そのまま…


怒涛のごとく過ぎた一日を、ボンヤリと振り返りつつ



…ゆっくり、と…夢の世界へと旅立った。






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あきゅろす。
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