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虹の彼方 91




いきなりキスをされてしまったのに
怒りも泣きも、抗議も何もしないだけでなく
寧ろ、受け入れているらしい私を見て
これなら大丈夫そうだそうだと思ったのだろうか…

恭弥さんが…少し安心したような表情をした後に
再び、話しかけて来る。


「手っ取り早く、恋人らしくなれる為の“実践”は…どうだった?」
「…今後も、出来そうかい?」



(…っ!…)



「…こ、今後…も?」

そんな…まさか…と思いつつ尋ねる。




「今だけの“実践”じゃ…あまり意味がないだろう?」
「こんな事は日々実践しないとね。」



「…日々…です、か…?」

正直、そんな展開は全く考えていなかったので
…狼狽する。



「そうだよ。…恋人なら、当然の事だろう?」


それを言われると…返す言葉が無い。






「映画でもドラマでも、一般の恋人達にとっても“キスは定番”だ。」
「傍目にも…君の演技力の向上の為にも…」
「より恋人らしく見えるようになる為の…最適な実技のひとつだと思わないかい?」




「…………。」


それは、確かにそうだけれど。
恭弥さんの言っている事が正しいのは解っているのだけど…。

問題は…ソコじゃなくて…。


あぁ…どうしよう!
この流れだと“毎日の実践”が義務化してしまいそうだ。

名女優になりたいなら、キスシーンのひとつやふたつ
当たり前のように出来て当然だとも思うけれど。



…でも…でも…。

悶々と心の中で葛藤が続く。







キッパリと断る事も出来ず
かと言って、すんなりと受ける事も出来ずにいると
私の逃げ場を奪う…恭弥さんの一言が飛んで来た。



「鬼の言う事を、何でも1つ聞く約束だったよね?」



「…っ!…」


…まさか…。
ギクリッとしつつ、恭弥さんの方を見る。


…と…

「今後、恋人としてのキスを…ごく普通に毎日のように“実践”する事。」
「それが…僕からの要求だよ。」


拒否の出来ないオーラを出しつつ淡々と
…通告をされた。



「…………。」


ここまでハッキリ言われてしまっては…仕方ないだろうか。
ちょっと…
納得出来ない感じも色々とあるけれど…
どちらにしろ逆らえそうにはない。


物凄く…仕方なさそうに、とても小さな声で…


「……わかり、ました……。」

と答えた。









私の返事を聞いた恭弥さんは、満足気に…


「さっきも言ったけれどね…」
「生理的嫌悪感がある程なら、可哀相だし止めてあげようと思っていたんだ。」
「だけど…全く大丈夫そうだったしね。」

「もう一緒に欧州に来てから、一ヶ月以上も経ったんだ。」
「そろそろ…君の演技の幅も増えて良い頃だろう?」




「…………。」


そんな風に言われてしまうと…何も返せない。

確かに欧米では、恋人同士なのにキスのひとつもしない
…なんていうのは変に見える。

日本であれば“人前ではしない”事は普通の事だけど
欧米では逆で
“一度も、人前でキスをした所を見た事がない恋人同士”は…怪しまれる。


今までのドイツとイギリスでは、何とか誤魔化せていたけれど…

正直、何度か…私達が全くキスをしない事で
“周囲には不自然に見えたかもしれないな”
と、思う場面があった。





ましてや…今度行く国はイタリアなのだ。
恐らくは、誤魔化せないシーンが増えるのではないだろうか。

そんな事を考えると…恭弥さんの言うように
これを機会に“恋人としての普通のキス”ぐらいは
出来るようになっていた方が良い…とも思う。

…そう、頭ではしっかり理解出来る。



それに…恭弥さんの事だから
恐らくは、意地悪でこんな事をしている訳ではなくて
先の色々な事まで、考えた上での行動なのだろうとは思う。

…だけど…だけど…

その事と…
恥ずかしさを感じる、この何とも言えない気持ちは…別問題、だ。









…モヤモヤしたまま考える…


結局…全てを…
上手く、恭弥さんの思惑通りに運ばれてしまっているようで…
何となく…何となくだけど、少し悔しかった。

ちょっとだけ、反撃をしたい気持ちになり
…恭弥さんに向かって声を掛ける。



「狼って…ニックの事を教えて下さったのかと思っていたのですが。」
「…恭弥さんの事だったのですね。」



私の言葉を聞いた恭弥さんが
面白い事を言うな…という表情で答える。



「僕は“男は狼だ”と、言っただろう?」
「つまり…ニックも…そして当然、僕もだよ。」



ニヤリとしたニヒルな笑顔で、サラリと言われ
…更に少し悔しくなる。



「…でも…私は恭弥さんの事を信じていました。」







私の言葉を聞き、クスリと笑いつつ…


「過去形なのかい?」
「君が、僕を信頼してくれているのは良く解っているよ。」
「だからこそ…その信頼に答えるべく普段から行動している。」

「今回だって念の為に…キスをしても泡を吹いて倒れる心配がないか事前確認をしてあげただろう?」




「でも、いきなり…私の同意なく…ファーストキスを奪われました。」



「もし、事前に言っていたら…了承したかい?」



「…それは…。」



「幾ら仕事で必要な演技のひとつだと…僕が説得した所で」
「君が覚悟を決めるのには時間が掛かるだろう?」
「下手をすれば、2・3日…いや、一週間ぐらい掛かったかもしれないな。」



「…………。」


それを言われると…弱い。
確かに、事前に聞かれていたら…頷く事など出来なかっただろう。









「それに…君は“ファーストキスを奪われた”と言ったけれどね…」
「僕は、ほんの軽く君の唇に触れただけだ。…それも一瞬だけ。」

「こんなのは、欧米では友人知人と挨拶代りにするキスと変らない。」
「…そうだろう?」




「…はい…。」



「つまり…抗議する程のものではない、という事だ。」



「…………。」




それも…解る。
…でも…でも、私は日本人なのだ。
欧米人ではないのだから…あれはやっぱり…ファーストキスだ。

恭弥さんにとっては…
子供のお遊び程度の事なのかもしれない。




…でも…私は…。



モヤモヤした気持ちを抱えたまま…俯いた。











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