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虹の彼方 90



恭弥さんと身体が密着した状態になり
照れて俯いてしまった私に、恭弥さんが…


「僕と密着しても生理的嫌悪感を感じる程に嫌だ…という事は無さそうだね。」

と声を掛けて来た。



「…?…生理的嫌悪感、ですか?」

そっと少し顔を上げて
直ぐ真横にある恭弥さんの顔を、チラリと見つつ言う。





「今の優衣は…直ぐに、僕と離れたくなる程の嫌悪感…」
「身体に虫唾が走るような…嫌な感じは受けてないようだね、という事だよ。」



あぁ…成程。確かにそれは…無い。
ニックに、ダンスの時などに近寄られた時は
我慢が必要な嫌な感じがあった。

今にもキスをされそうになった時は
全身で拒否する感覚…虫唾が走るような感覚が、あった。

…確かに…恭弥さんには、あれと同じ物は感じない。





「…はい、それは…ありません。」



「それを聞いて、安心したよ。」
「そこがクリアーされなければ、恋人なんて無理だからね。」



確かに…接触されただけで嫌悪感を感じる相手と
恋人役なんて無理そうだ。

…そう考えていると。







「昔から…見合いをする時の心構えのひとつとして言われている事の中に…」
「どうしても、この人はダメだという…」
「“嫌悪感が無いのなら一度付き合ってみろ”というのがある。」

「近くにいるだけ、少しでも手が触れただけ…で」
「ゾクリと嫌な感じがする程の相手と上手くやって行くのは、流石に厳しいが…」
「そこまでは嫌な感じを受けない相手なら…」
「その人にとっての“許容範囲内”であるという事なんだ。」

「つまり…生理的嫌悪感を感じる程の相手でない場合は」
「お互いの努力で何とかなる、という事だ。」




「…そう、なんですか?」



「お互いに、あまりに我儘を言わなければ…だけどね。」



「…成程。」



しっかり抱かれていた肩から、ゆっくりと手を離し
直ぐ隣に座っている状態になった恭弥さんが更に説明をしてくれた。

ホンの少しだけど、私達の間に隙間が出来て
…ちょっと、ホッとする。

これで…少しは心臓も落ち着いてくれるだろうか。
心の中で、そんな事を思いつつ、話を聞く。








「君とは、欧州出発前の準備期間も含めて…一緒に過ごす時間を意識して多く作ったが」
「今まで特に…嫌悪感を感じているような素振りはなかったから大丈夫だろうとは思っていた。」



「…はい。」


そうか、生理的嫌悪感を感じる程なら
…もっと前に解っていた筈だよね。




「だけど…念の為、今もう一度確認してみたんだよ。」
「…と、言っても本当は…」
「今日の昼、ニックから逃げて…僕の所に飛び込んで来た時点で大丈夫な確信は出来てたけどね。」




(…!…)



そうニヤリとした笑顔で言われて…
昼間に、勢いで恭弥さんの胸に飛び込んだ事を思い出した!

あの時は、兎に角、無我夢中で
…恥ずかしさも何も感じなかったけれど
こうやって改めて言われると…恥ずかしさが、一気に込み上げて来る。


そうだ…良く考えたら…
私、自分から男性の胸に飛び込んだのなんて初めての事だ。

どうしよう…妙に恥ずかしくなって来た…。








でも、無言でいるのも…何だか余計に照れる気がして
無理矢理に、言葉を紡ぐ。



「…あの時は…助けて下さって、有難うございました。」



「うん。それより、今日の鬼ごっこのルールは覚えているかい?」



急に鬼ごっこの話になり
ちょっと“…え?”と思いつつ…


「鬼に捕まった人は、鬼の言う事を何でもひとつ聞く…という、アレですか?」



「そう、そのルールだよ。…優衣…、君は僕に捕まったよね。」


…え…。

それを…今、ココで持ち出すの?
と思いつつ答える。



「…はい…。」



「つまり…君は僕の言う事を聞く義務がある、という事だね。」








何とも嬉しそうな顔で言われ…ちょっと危機感を感じる

が、嫌だとも言えないので渋々答える。


「…そう…ですね…。」



「じゃあ…君に拒否権は無い、という事で良いね。」










そう言った後に、私の返事は待たずに
再び、しっかりと肩を抱かれ…

(…!…)

…ちょっと、驚いていると…






(…っ!!?…)









「…………。」





…い…いま、のは……な、…に……?



驚き過ぎて…言葉も出ないまま
呆けた顔のまま恭弥さんの顔を、ゆっくりと…見上げる。



直ぐ目の前には…あの綺麗で鋭い蒼灰色の瞳。

でも、何時もより優しく見える
透明感のある美しい瞳が穏やかな光を湛えつつ…じっと見ている。


まるで恭弥さんの瞳に
柔らかく絡め取られたような感覚になり、動けない。




「…………。」





無言のまま、未だに呆けていると…
今度は私の顎に、そっと軽く手が添えられて…



(…っ!…)




気が付いたら


…二度目の、軽いキスをされていた…



一度目も二度目も、ほんの軽く触れるだけの優しいキス。
欧米人なら“何時もの事”と言いそうな
…ごく軽い挨拶代りと言えるようなキスだった。



…けれど…

私にとっては、これはファーストキス。
(…とセカンドキス?)





あまりに突然の事で…頭が付いて行けない。




でも、必死に頭の片隅で
こんな時に本物の恋人だったら、どう反応する物なの?
と、小さく思っている自分に…何だか笑えてしまう。









私の顎から離された手が
…そっと、軽く頬に添えられた

そして…気遣うような優しい声が聞こえる


「…優衣…?」



その声を聴き、ボッーとした意識のままだったのが
やっと…少しだけ、現実に戻る。






「…あ、の…」



戸惑いがちに、声を出した私を見つつ、優しい声で…



「驚かせてしまったね。…大丈夫かい?」



「…あ、…は、い…。」






心情的には“イキナリ何をするんですか”と
言いたい所だけど…

何故か…出てきた言葉は
今の行為を、肯定し受け入れるような言葉だった。





…どうしたんだろう、…私…


きっと…目の前の恭弥さんが珍しく
とても優しい表情なんかをしているせいだ。

うん、きっと…それで…怒る事が出来ないんだ。





何だか…狡いよね。


なんだかんだと…恋人らしい演技の為だとか
…直ぐに出来る実践だとか…

布石をしっかり打って
最後は鬼ごっこのルールまで出して来て“拒否権無し”とか…


そんなの…狡い。

これでは…私は怒る材料を見つける事が出来ない。




その上、恭弥さんが自分から仕掛けた事なのに…
そんな風に優しい瞳で、気遣うように覗き込まれ
声を掛けられたら…



大丈夫だとしか…言えない。











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あきゅろす。
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