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虹の彼方 89




答えられずにいる私を見て
恭弥さんが…小さく溜息…


「優衣、君が誰とも付き合った事がないのは、前に聞いたけれど…。」
「もしかして…恋をした経験すらも、ないのかい?」



(…!…)

ギクリッとする…やっぱり、バレてしまったようだ。





「…あ、あの…。初恋…なら、あります。」



「…何歳の時の事?」



「…あ、ええと…。5歳ぐらいの時に、お隣に住んでいた親切なお兄さんに…」



「…5歳、ね。」



「…………。」



…うっ…恭弥さんの視線が痛い。

そんなの恋の内に入ると思っているのか?と…
視線が言っている。








そんな事言われても…無い物は仕方がない。
私は不器用だから
その時その時に、それぞれ必死になって生きて来た。


父の転勤で数年置きに、違う国で生活したので…
国が変わる度に、ガラリと大きく環境が変化する。
住む場所も、使う言語も、学校も、食事を始めとした文化も。

自分を取り巻く物の中で、家族構成以外の全てが大きく変わるのだ。



幼い頃から高校生の時期まで
そんな風に変化が目まぐるしい中で育ったので…
その時、その時に…今の環境に慣れて何とか上手くやるだけで…精一杯だったのだ。

その頃は学生だったので…
新しい未知なる言語と、現地の学校に慣れて
何とか、その時々の勉強に付いて行けるようにするだけで
全神経を使っていた、と言っても過言ではない。


…そんな私には…
恋なんてする心の余裕は、無かったのだ。







シュンとして俯いていると…
隣の恭弥さんが、ポンッと私の頭に優しく手を乗せた。

…そして…


「別に、君を責めている訳じゃない。…事実確認をしただけだから。」
「今まで経験がないなら、無いなりに工夫をすれば良い。」


言われて、少しだけ顔を上げて尋ねる。




「…工夫、ですか?」



「うん。恋愛映画や小説でヒロインの心情を理解しようとする、とかね。」



「…はい、それはやってみようと思っていました。」



「他には…そうだな…やはり一番良いのは、実際に自分で感じる事かな。」



「…実際に感じる?」



「そう。…君が、今から…実際に恋をすれば早い。」



「…………。」




…え、ええと…。
それは、そうかもしれないけれど…。

そんなのを待っていたら、この任務の期間が終わるような…気がする。

だけど、ここで…
『そんな短期間に恋なんて出来ません』
と言える雰囲気では…ない。

かと言って…『やってみます』とも…やはり言えない。








無言になった私を見て、恭弥さんが…クスクス笑う。


「…優衣…、君は本当に解り易くて…面白い。」
「そもそも…恋とは、そんなに真剣に考えてする物ではないんだよ。」

「恋は、知らずに“落ちる”のだと…聞いた事はないかい?」




「…落ちる?」




「そう。恋をしようと思ってするんじゃなくて…気が付いたら、好きになっている。」
「ある時に、ふと気が付いてみたら…その人に恋をしている事に気が付いた。」
「…という物なんだと、一般的に言われているだろう?」




「…そう、なんですね…」


何処かで、聞いた事があるような気もするけれど…
やはり今まで関心がなかったせいか
あまり印象に残って記憶にある感じではない。







真剣に考え込んでいる私の頭をポンポンとしつつ
恭弥さんが笑う。



「優衣…、取り敢えず…そうやって頭で考えようとするのを止めなよ。」



「…はい…」



何だか…今、とっても珍しい場面に遭遇している気がする。
“あの雲雀さん”と…恋について話をしているなんて…。
こんな日が来るなんて、今まで考えた事も無かった。


仕事の為に必要な事だからこそ
こうして、こんな話をしてくれているのだろうけれど…
それにしても、何だか…不思議な感覚だ。










「所で…さっきの話に戻るけれど…」
「今以上の“ラブラブ感”を出す為には…どんな事が必要なのか検討は付いたかい?」



そうだった…問題はそこだ。
けれど、先ほどと同じく
…どんな事をすれば良いのか全く分からない。

仕方ないので、正直に答える。



「…すみません。解りません。」


私の返答を聞き、恭弥さんが、小さい溜息と共に…



「…優衣…本当に恋愛映画やドラマを見た事があるの。」



…そ、そう言われると…
何となく流して観た事がある程度かもしれない。

そんなに熱心に観察したり
学んだりするような気持ちで観た事は…ない。




「一応…ありますが、記憶にあまり残ってない感じです。…すみません。」



「そう。…仕方ないな。」
「じゃあ、一番効果的で、直ぐに実践できる事を教えてあげよう。」



良かった、恭弥さんが何か教えてくれるようだ。


「…はい、お願いします。」









そう答えたら…
ワイングラスを渡され、白ワインを注ぎながら…


「その前に…少しワインでも飲もう。」


と言われたので、良く解らないまでも
一緒にワインを飲む事にした。







恭弥さんと一緒に
残っていたボトルワインを全部飲んだ所で…
私の様子を見て…


「…そろそろ良いかな。」

と言われる。


…?…。
ワインを飲む事が、何かこれからの事に関係あるのだろうか?
そう思っていると。



「少し酔いがある程度のほうが、良いだろうからね。」


と私の心を見透かしたような事を言われた。







…?…。

そう言われても、相変わらず…意味が解らないまま。

そんな私を見て、恭弥さんが言葉を続ける…


「酔いの勢いを利用しないと…こんな事は君には…まだハードルが高いだろう?」


そう話ながら…
隣に座っていた私の肩をそっと抱き寄せた。


(…っ!…)






しっかり肩を抱かれたので
身体の片側がぴったりと恭弥さんに密着してしまった。

…この体制は、確かに恋人らしいけれど…
で、でも…かなり、照れる…。




ワインのせいで、仄かな酔いがあり
少しポワッと身体が火照った感じだったのが
一気に熱を帯びて…全身がポッポッと熱い程に感じる。

心臓の鼓動もいきなりアップテンポになり
…ドキドキと煩くなって来た…。





う〜ん…。


…結構…は、恥ずかしい…かも…。





恥ずかしさから、顔を上げる事が出来ずに…いた。











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