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虹の彼方 88




恭弥さんの言った『聞きたい事はないのか』の意味が
解らずに疑問顔でキョトンとしてしまった。

「…?…」

そんな私を見て、恭弥さんが
“解らないのか”という顔をして言葉を重ねる。





「僕が、ニックの考えている事に気が付いて、行動も読んでいたのに…」
「君には何も言わなかったのが、不思議じゃないのかい?」



…!…。
あぁ…その事!

それなら…確かに疑問に思っていた。

というか、正確には
“教えてくれていたら、あんな事にはならなかったかも、しれないのに”
と、考えていたのだけど。




「…それは…疑問でした。」

小さい声で遠慮がちに答える。




「“事前に知らせてくれていたら、今日のような事にはならなかったのに”」
「…と考えていたんだろ?」


…うっ…。
やっぱり…私の思考はバレバレのようだ。







更に小さくなりつつ…


「…ええと…はい、そんな感じです。」



「その理由を知りたくないの?」



「…知りたいです。…教えて下さい。」


聞くのが少し怖い気もするけれど
…ここまで話をして聞かないのも変だし、思い切って尋ねた。









「理由は2つある。」
「先ずは…君自身の学習の為に、敢えて少しだけ危険な目に合って貰った。」



…今日のアレは“少しだけ危険”なレベルなの…?

私には十分に恐ろしい体験だったのだけど。
そう思いつつ、今ひとつ意味が解らず尋ねる。



「…学習、ですか?」



「そう。こんな事は座学では、本当には解らない。」
「実際に経験して初めて腑に落ちる、という事も多い。」
「書類仕事以外の仕事を経験した事が無い君には、必要な経験値のひとつだ。」
「実際に、ヒヤリとする場面に遭遇した事があるからこそ…解る物もある。」

「今日の経験で君は…自分の所属する世界の厳しさの一端を実感出来たんじゃないのかい?」




「…そう、ですね…。」



確かに、そう…なのかもしれない。
でも、もう少し穏やかな方法ではダメだったのだろうか?

前もって聞いた上で“敢えてニックの思惑に乗る”
という方法もあったのではないだろうか?


悶々としていると…




「“事前に聞いていても経験出来たし、その方が良かった”」
「…と思うかい?」



…あぁ…やはり
私の考えは全てお見通しのようだ

…観念して素直に答える。



「…はい…そう思います。」



私の返事を聞いて、
小さくふぅと溜息を吐いた恭弥さんが…



「君が、もっと要領が良いなら…それも可能だけどね。」

「僕でなくても、誰でも…君の考えは直ぐに読めるんだよ。」
「考えている事が、あまりに正直に表情や態度に現れるからね。」
「もう少し女優のレベルを上げて貰わないと、今のままでは無理だね。」

「という事で…2つ目の理由は…」
「今回、もし事前に教えていたら…絶対にニックに勘付かれていたから、だよ。」





「…………。」



…そうなんだ。
私って…そんなに、解り易いのか。

そこまでとは思わなかった…な。
要するに…今の私は“酷い大根役者”って事なのね…。



ハッキリと言われ、少なからずショックだった。
ドーンと落ち込んでいると…



「…ほら。こんなに解り易い。」


そう言いつつ、クスクスと笑われる。
ちょっと悔しいけれど…返す言葉も見つからない。




暫く下を向いて色々と考えていたけれど…
今のままでは、結局私は、恭弥さんのお荷物になりそうな気がする。
折角、与えられた今まで経験した事のない仕事の機会なのに。

たいした役にも立てない所か
逆に、邪魔になるような事は…したくない。

でも、どうすれば良いのか…解らない。




「…あの…、私が大根役者なのは解りましたが…」
「どうすれば、名女優になれるのでしょうか?」


隣でワインを優雅に飲んでいる恭弥さんに
…思い切って尋ねてみた。







恭弥さんは、チラリと私の方を見て…


「普通に考えたら、努力して練習を積む事が一番だろう。」
「後は…そうだね…映画でも見て研究でもする、とか。」



「ええと…練習って…どうすれば?」



「取り敢えず“もっと役に為り切る努力”をする事かな。」



「…役に、為り切る?」



「今、君はどんな役割を演じているのか、もう一度良く考えなよ。」







「…今は…私は恭弥さんの恋人で、婚約者…です。」
「つまり、もっと本物の恋人らしく見えるように…努力するという事ですか?」



「…そうなるね。今現在の自分を振り返って見て…」
「今の君の態度で、十分に演じ切れていると思うかい?」



「…それは…。…あの、そこそこ…?」



「充分ではないと思うなら、努力して改善するべきだね。」



「…はい…。」






恭弥さんの言う事は、言葉としては理解できる。

でも、具体的には…どうしたら良いのだろうか。
今一つピンと来ない…。

今までも、外で一緒にいる時は
“如何にも仲が良い”という雰囲気を出している“つもり”だった。
現に、ドイツとフランスを旅行した時は
何度も新婚さんだと思われた。

英国滞在中でも、特に疑われた事はない…と思う。
これ以上、何処を努力すれば良いのだろうか?


そんな事を考えていると…


「…優衣。解っていないようだから、ヒントをあげよう。」


…ヒント?
恭弥さんが、何か教えてくれるようだ。








「今までは、ごく表面だけで、上手く周囲を誤魔化せていたけれどね…」
「恐らく今後は、それでは誤魔化せない場面も出て来るだろう。」
「その時に問題なのは…心まで為り切れていない、という事だ。」



「…心まで…?」



「そうだよ。心の底から為り切っていれば、それが表に出た所で困らないからね。」



「…………。」




…うん。
恭弥さんの言うように
“心の底から為り切れたら良い”のは解るけれど…

そんなの…大根役者の私には難しい注文だ。

そう思っていると…



「まぁ、そうは言っても…」
「今の君に、急に心の底から役に徹する事が出来るようになれ、とは言わないよ。」
「幾ら何でも、それはハードルが高いだろう。」


…恭弥さんも同じ事を考えていたらしい。(苦笑)








「そんな場合は…取り敢えず“形から入る”のが手っ取り早い。」



「…形、ですか?」



「そう。心はまだ付いて行けないけど取り敢えず…形は真似してみる、という事だよ。」




…成程。
それなら、何とかなりそうだ。

というか、それなら…今でもある程度はやっている事だ。

という事は、“今よりもっと具体的な形”を目指す
…という…こと?




「…仰る事は、解りますが…」
「あの、例えばどんな事をすれば良いのでしょうか?」



「今現在も…形から入る為にも周囲に怪しまれない為にも…僕達は同じ部屋に宿泊している。」
「外出時には、僕が恋人らしくエスコートをし腕を組んで歩いている。」
「会話をする時には、お互いに笑顔だし。思い遣りを持った態度で接している。」



「…はい。」



「ココから、更に“本物に見えるように”する為に一歩踏み出すとしたら…」
「どんな事をすれば良いか、考えてみなよ。」



「…ええと…?例えば…」
「外で一緒の時に、もっとラブラブな雰囲気にする、とか…ですか?」










具体的にイメージが湧かなくて、恐る恐る尋ねてみる。

…と…


「まぁ、そんな感じかな。」
「で、その“ラブラブ感”を出す為には…どんな事をすれば良いと思うの?」



「……え。…ええと…。」





更に突っ込まれて、返答に困る。

ええと…?
世間一般の恋人って、どんな感じで街を歩いていたかな?

う〜ん…と、街中での人々の様子や
ドラマのシーン等を思い出してみようとしてみる。
けれど、私の中に“恋愛”に関する項目でのストックが
極端に少ない為…あまり出て来ない。



あまり関心を持った事がない事に関しては
…自分の中に情報が少ないのは当たり前…かもしれない。

改めて…如何に自分が
恋愛感情や世間一般の恋といわれるようなモノに対して
無関心で生活して来たかが…良く解った。


これは…ちょっと、大真面目に…
恋愛映画でも借りて観た方が良いかもしれない…な。










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あきゅろす。
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