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虹の彼方 81




私の決意の籠った目を見たニックが…
ゆっくりと、ひとつ深呼吸をする。

…そして…


「参ったな…こんなにキッパリと振られたのは、久々ですよ。」
「ダンスパーティの時から、今に至るまで…この僕が、こんなに熱烈に迫っているというのに。」

「大抵のレディは…ここまでアプローチすれば、だいたい頷いて頂けるのですけれどね。」
「…そんなに…あの婚約者の彼が良いのですか?」




私を口説くのは、諦めてくれたのだろうか?
ガッカリした表情をしながらも、
しっかり私を見て話すニックに、再度キッパリ返答をする。




「私は、彼を心から信頼し、尊敬しています。」



「…信頼と、尊敬…ですか。彼は…随分と貴女を大事にしているようですね。」



「はい、お陰様で。」







…と、そこまで話した所で…

キッパリした私の返答を聞いたニックの顔が
…急にみるみる変化して行く…。


(…!?…)






…やがて…
何とも言えない表情になり、口をついて出たのは…



「…ハッ!上手く口説いてモノにしてやり…」
「あの忌々しい日本人の鼻を明かしてやろうと思っていたけど…どうやら、それは無理そうだな。」



(…っ!…)




急に雰囲気が変わり、口調も少し変化し、
怪しげな卑下た笑顔になったニックに驚く。

驚いている私の方を、やや投げやりな態度で見つつ
…ベラベラと話しを始めた。






「ダンスパーティの時も、乗馬でさえも…正直、貴女の婚約者には敵わなかった。…こんな屈辱は、初めてだ!」
「何時もならば…パーティでも乗馬でも、女性達の注目を一番集めるのは僕なのに。」

「僕が、アスコットで貴女を気に入ったのは本当だけどね…」
「パーティの主役の座を奪った、貴女のあの忌々しい婚約者に何とか、一泡吹かせてやりたいと思ってたんだ。」

「…だから…何とか貴女に近づいて、口説いてモノにしてやろうと思っていたのに。」
「まさか、ここまでしている僕の誘いを断るなんてね!」
「あの男も、貴女も…二人して、僕のプライドを傷つけた。」

「こうなれば…強硬手段だっ!」







そう言ったかと思うと…
いきなり身体をドサリッ!と枯葉の絨毯の上に倒され
ガシッとしっかり、両手首を掴まれた。


(…っ!!…)



咄嗟に逃げようとして、身体をよじったけれど
…そこに素早くニックが上から乗って来て
身動きが取れなくなった…。




「…止めて下さいっ!!…誰か、助けてっ!!」









大きな声で叫んでみるが…ニックは余裕の表情だ。
ニヤリと怪しい笑顔で…


「…レディ・ユイ。幾ら叫んでも無駄ですよ。」

「実はね…貴女以外の人達には…」
「“この辺りは先日の雨で崖崩れが起きて危ないので、近寄らないように”…と、話しているのです。」

「勿論、鬼ごっこの範囲の中にも“この辺りは含まない“と、なっています。」
「だから…幾ら叫んでも、誰も助けになんて来ない。」




「…!!…。…そんな…」









余裕と増悪に満ちた表情のニック。
目の前で、私の顔を覗き込んでいるニックの行動は
…全て“計算の上”だったという事なのか。

ニヤニヤしながら…



「…さて、時間もあるし…どうしてあげましょうか。」


と言っているニックを見て、
怖くなり、ゾクリッと悪寒が走り背筋が凍る。







…と、そこで…
ふと、昨夜の恭弥さんのお部屋に行った時の事を思い出した。

もしかして…昨夜のアレは
今のような状況になる事を見越した恭弥さんが
…私に、忠告をしてくれたのだろうか。



ニックの発言から想像するに…
ダンスパーティや、今回の乗馬などで
女性達の注目を、全て掻っ攫っていった恭弥さんの事を
ニックが、とても忌々しく思っていたのが解る。

私は、てっきり恭弥さんの方が
一方的にニックを嫌っているのかと思っていたのだけど…
もしかしたら…敏感な恭弥さんが
“ニックが自分に向けている黒い感情”
に気が付いて…
それで…あんなに不機嫌になっていたのだろうか。

…うん、きっと…そうだろう。




気配や人の感情の出すオーラには、とても敏感な人だから…
ちょっとしたニックの行動や表情などで
それを読み取り、不機嫌になったのではないだろうか。

そして…そんな黒い感情を隠しつつ
私に近づいて来るニックに
“私自身が気が付いてない”事にも、苛々していたのかもしれない。


…それで…昨夜、あんな形で…
わざわざ忠告をしてくれたのではないだろうか。




勿論、一般論で
『男性に対しては、もっと気をつけた態度で接するように』
とも言われたのだろうけれど

今回の場合は特に、ニックの事を
『“あいつは狼”だから、気を付けなよ』

…と言いたかったのでは、ないだろうか…?








…それなのに…。

私は、その忠告を十分に理解せず
恭弥さんの意図を、見抜く事が出来ず…
昨夜の忠告を、全く…生かす事が出来ないまま
…今、こんな事態になってしまったのだ。




恭弥さんの、昨夜の言葉が様々に蘇る…


『もう少し、疑うとか警戒するという事を覚えなよ。』

『今の状況は…自業自得だよ。』




そう…確かに、私が悪い。

ニックが抱いている黒い感情に気が付かず
手を引かれるままに、こんな…
人気がない場所に連れ込まれてしまったのは私のせい…だ。

ニックに近寄り、何とか情報を得なければならない…と
任務の事に気が取られていたので
ターゲットであるニックもまた“腹に一物ある状態”だとは
全く、考えてもいなかった。



ダンスの時など、とても馴れ馴れしいとは思った。
妙に接近してくるな…とも思ったし
口説かれている自覚もあったのに…

それなのに…何も気が付かないなんて…
我ながら、危機察知能力が低すぎるような気がする。

…なんて…情けない…。







色々な事を考えている為、
少し大人しくなったように見えたのだろう…

ニックが…醜悪な顔で
ニヤリとしながら話し掛けて来た。




「…どうやら、諦めたようだな。」
「大人しくしていれば…そんなに酷く乱暴にはしないから安心しろよ。」



(…っ!!…)




いけない!このままでは…危険だ。
何とかしなくては…と必死に頭を巡らす。

…そして…そうだ、スマホがあった!

あれで、何とか恭弥さんに連絡が出来ないだろうか。
通話は出来なくても、通知だけでも…
兎に角“何かあったのだろうか?”と思って貰えるように…
何かの痕跡を残せれば、きっと…気が付いてくれる。


そう思い、スマホを入れている小さなバックに
そっと、手を伸ばそうをした…


…と…




…バシィッ!!…  


敏感にその事に気が付いたニックに、
素早く、バックを跳ねられる。




「……あっ……。」


手の届きそうにない場所に、跳ね飛ばされたバックを
絶望的な気持ちになって見る…。


…と…。

「この辺りは電波も圏外で、どうせ通じない。」

とニヤニヤしながら言われた。






…そんな…
スマホも使えないなんて…。


一体、どうしたら良いのだろうか…。









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あきゅろす。
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