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虹の彼方 73





内心で赤面し…
ドギマギしたまま…チークダンスを踊っていると
再び耳元で、わざわざ囁くような声で話し掛けて来るニック。



「レディ・ユイ…貴女とはアスコットでも、お逢いしましたよね?」



(…!…)



ニックは、馬主が集まった場で
チラリと視線を交わした私の事を覚えていたようだ。

…しかし、ココはワザと知らない振りをして答えよう。





「ロイヤル・アスコットで?…すみません。記憶にないのですが…。」



「覚えておられませんか?レストランのテラス席で椅子ごと転んだ男が居たでしょう?」
「僕らは笑って見ていたのだが…あの時、貴女は優しく手を差し伸べられた。」



今、思い出した!というように…


「…あぁ、…あの時の…。」




「思い出して頂けましたか?」
「あの時に僕は、優しい天使のような貴女にひと目惚れしたのですよ。」



…やっぱり…これって、口説き文句よね?
と内心で思いつつ返事を返す。






「そんな…大袈裟です。」
「私はハンカチを差し出しただけで、何もしていませんし。」



「貴女はそうでも…僕には天使に見えたのです。」


にっこりしながら
少しだけ低めの甘い声で話すニック。


…成程…これなら“女友達”が増える筈だと、納得。









「それに、バレエの観劇にも来ていましたよね?…僕達の、隣のボックスで。」



「…あ、…はい。」
「あの時にお隣にいた方と似ていると思いましたが…貴方だったのですね。」



「そう…つまり、今日で貴女に逢うのは三度目です。」



「…これで、三度目…」



「レディ・ユイ…何だか運命を感じませんか?」



「…え…。」




そこまで話した所で、丁度音楽が終わった。

ニックは、今まで話していた事など
すっかり忘れたように、エスコートをして元の席まで誘ってくれた。











席に戻ると、
ニックの友人達が口々にニックに詰め寄る…



「おい!…狡いぞ!」


「君は、また…抜け駆けをしたな。」


「しかも、続けてチークダンスまで踊るなんて…!」


「皆が、こちらのレディと踊りたがっているというのに…。」




な、何だろう…これは…。

まさかとは思うけれど…
この私が…モテているのだろうか?

この人達は、余程、東洋人(日本人)が珍しいのだろうか…
…それとも…
この綺麗でダンス向けの、スミレ色のドレスの効果だろうか。







何れにしろ…
かつて無かった、珍しい場面に遭遇している事に変わりはない。

…ど、どうしよう…。
こんな時には、どう対応すれば良いだろうか。

戸惑いの目を…恭弥さんに向けてみる。



…けれど…

恭弥さんは私の視線を受けても、特に何の反応もない。
表情も変えないし、視線も合わせてくれない。

要するにスル―されたような格好だ。

先程、一緒にワルツを踊った時は
あんなに上機嫌だったのに…一体、どうしたのだろうか。





そう思って、今度は少し明確に強めの視線を向ける。

…と、漸く…
私の方に視線を向けてくれて。



「……何?」



「あ…ええと…。…恭弥さん…何か、あったのですか?」



「…別に、何もないよ。」





こう言われてしまっては、更に追及する事など出来ない。
きっと何か…
恭弥さんの機嫌が悪くなるような事があったのだろうと思うけれど
この様子では言いたくないみたいだし
…聞き出すのは無理そうだと諦める事にした。







先程から、大勢の紳士淑女に囲まれているので
不機嫌になったのだろうか。

…いや、それは考え難い。


例え、本音では
群れている状況に我慢の限界が来ているとしても
今は“仕事中”なのだ。

完璧な演技をする恭弥さんに限って、
そんな理由で不機嫌さが、表に現れるような事はしない筈だ。

だとすると、何があったのだろう。





尤も、周りの人達は
恭弥さんの変化には…誰も気が付いていないと思う。

一見して分かるような不機嫌さではなく
もの凄く注意して観察すれば、分かる程度なのだから。


最近の私は…
恭弥さんの機嫌の良い時、不機嫌な時の区別がつくようになった。
ほんの僅かだけど、微妙に表情が違うし
…何より、醸し出すオーラというか、空気が少し変わるのだ。








理由は良く解らないけれど
取り敢えず、恭弥さんが不機嫌である事は間違いない。
でも、今はニックと接触中の大事な場面なのだ。
…正直、これは少々困る。

どうするべきか…暫く迷ったけれど…。

今は…ニックとの接触を重視するべき場面だと判断し
冷たいようだけど…これ以上
恭弥さんの不機嫌の理由について考えるのは、止める事にした。









一旦、恭弥さんの不機嫌には
眼を瞑る事にしたのは良いけれど…

今の…この妙にモテてしまっている場面で、
私が、どうすれば良いかについては解決していない。


アドバイスが欲しいと思って
恭弥さんの方を見ても無視されるのだから、
自分で考え行動するしかないのだけど
今まで全く経験がない事態なので、本気でどうするべきか解らない。

こんな時には、どうするのが最善なのだろう…
色々と自分なりに頭を巡らせてみたけれど
答えなんて分からない。

…ので、もう…開き直って
自然に見える行動を取る事にした。



そして、私が具体的にとった行動は…
次々に声を掛けてくる英国紳士達のお誘いに
にっこり笑顔で答え…
適度にダンスや会話のお相手をし、
ニックとも適度な距離のまま過ごす事だった。








ニックとダンスを踊った後に
数人の紳士からダンスに誘われたのだけど…

その度に一応、恭弥さんにお伺いを立てるように、
視線を向けて意向確認をした。

…が…



「…行って来れば。」

という感じで毎回、素っ気ない返事しかくれない。




ダンスパーティーに来ているのに…
誘われて、断ってばかりなのは明らかに変だし
仕方ないので…
適当にダンスに付き合うようにはしたけれど…

…誰と踊っても、正直…あまり楽しいと感じなかった。









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あきゅろす。
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