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虹の彼方 70




恭弥さんの、とても上手なリードのお陰で
難なくワルツを踊りながら、色々な事が頭を巡る。



私は恭弥さんのプライベートな時間の事、
…つまり私生活については…何も知らないに等しい。

今まで、全く気にもした事の無かった
恭弥さんの私生活の部分が、どうして気になるのだろうか。
仕事には関係のない部分なのに
…知りたいと思ってしまうのは何故なのか…

今まで感じた事のない、
妙なモヤモヤした気持ちを感じ…
少し複雑な心境で踊っていた。








優雅にリードをしてくれながら、
恭弥さんが小声で話し掛けて来た。



「…優衣。…心、ここに在らずのようだね。」



(…!…)







「…すみません。少し…考え事をしていました。」



「僕と踊るのは、つまらないかい?」



「いえっ!そんな事はありません。」
「とてもお上手でリードも素晴らしいので踊り易くて…驚いていました。」







「…そう。なら良いけど。…君も、なかなか上手いよ。」



「出発前に、練習させて頂いたお陰だと思います。」



「うん。練習の成果があったようだね。」



「…はい、何とか。」





こんな風に…
恭弥さんと一緒にダンスを踊る日が来るなんて、
思ってもみなかったけれど

出発前に、一生懸命にダンスの練習をして来ていて
…本当に良かった。



「…あの…誘って下さり有難うございます。」



「恋人をダンスに誘うのは…当然の事だろう?」





そうだった…
私達は“恋人&婚約者の設定”なのだった
恭弥さんは、当たり前の事をしているだけなのだ。


「…はい、そうですね。」





素性を隠し、一般人の会社代表として欧州に来て…
婚約者役の私と一緒にパーティに参加し、
ごく普通に誘っただけ…それだけの事。

普通に、ある程度社交的な人間であるように振舞っている恭弥さんが
ダンスに私を誘うのは、珍しい事ではなく、
寧ろ…ごく普通の事であるのよね。






思い掛けずにダンスに誘われ
…つい、自分の立場を忘れてしまっていたけれど
よくよく考えれば、恭弥さんの態度は
『今回の仕事の一環として、当たり前の事をしているだけ』だった。


漸く…その事実に気が付いて、何だか気が抜けた。


…と…



「優衣…今日は、どうしたの。」



「…え?」



「さっきから…何処か上の空だね。…体調でも悪いのかい?」




少しぼんやりしているのが、しっかりバレているみたい。
しっかりしないと!
今日は、ターゲットであるニックとの接触を伺う大事な日なのだ。



「すみません。…大丈夫です。」



「…そう。今回は、ニックとの接触までに時間が掛かっているが、気にしなくて良い。」
「前回でのドイツが異常だったんだ。」
「…これぐらい時間が掛かるのは、普通の事だからね。」







私がぼんやりしているのを…
仕事の事を考えていたと思ったのだろうか。
優しい小声で、そう話してくれた。

本当は、違うのだけど…
この際だ、仕事の事を考えていた事にしてしまおう。


そうでないと、
もしも、ぼんやりしていた理由を尋ねられたら、答えに困りそうだし。
何しろ…どうして、こんなに…
悶々とした気持ちを感じるのか、自分でも解らないのだから。


…そう思い、返事を返す。




「はい…解りました。」
「今日のチャンスを生かそうと…少し、気負っていたようです。」



「気持ちは解るけれど、不自然になると困るからね。」
「もう少しリラックスして、パーティを楽しむ気持ちの方が良い。」



「はい、有難うございます。…もう大丈夫です。」





答えながら、
出来るだけにっこりとした笑顔を向けた。



「うん…やはり君は、そうやって笑っている方が何倍も良い。」







私の笑顔を見て、恭弥さんも同じく笑顔になった。

…更に…言葉を続けて…



わざと少し声を潜めて
…少し、私の耳元に口を寄せて低く甘い声で…



「今日の君は、ドレスも宝石も何時もにも増して似合っているし…」
「…とても…綺麗だ。」



(…っ!…)






久しぶりの甘い言葉に
照れて顔が熱を帯びるのを感じる…。
例えこれが、演技の上での言葉だとしても…嬉しい…。

何時だって
バッチリ決まっていて恰好良い恭弥さんの隣に並ぶのは…
正直、私には辛く感じる事もある。

けれど、こんな風に褒めて貰うと
こんな私でも、恭弥さんの隣に居て良いような気がして
…少し、嬉しくなる。









照れてしまった私を見て
小さくクスリと笑い…



「それに…。そうやって僕の言葉に素直に反応して照れる君は…可愛いよ。」



(…っ!!…)





こんな事まで言われると、益々顔に熱が集まる…。

どうしよう…
顔が赤くなっていくのを感じる…。




そんな私を見て…小さくクスクス笑う恭弥さん…



「…優衣…、茹ダコの様に真っ赤だよ。」



「…………。」









恋人&婚約者としての行動にも、だいぶ慣れたし…
甘い言葉をサラリと言われるのにも、
先日のドイツとフランス旅行の時に、かなり慣れた。

けれど、まだまだ…赤くなる顔を抑える事は出来ない。



それを解っていながら、
恭弥さんはこうやって声を掛けて来るのだから、
…私に、勝ち目はない。

というか…こんな周囲の目のある場所なのに
私の反応を見て遊ぶなんて、ちょっと意地悪な気もする。



そう思って、チラリと恭弥さんの方を見上げると
如何にも機嫌の良さそうな顔があった。

鼻歌でも歌い出すのではないか
…という程に上機嫌のようだ。




それを見て、今まで良く解らない感情で
モヤモヤしていたのが、どうでも良くなって来た。

恭弥さんの嬉しそうな笑顔を見ると、
何となく…私も一緒に楽しくなってしまう。



理由なんて解らないけれど、単純に嬉しく思う。











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