[携帯モード] [URL送信]
虹の彼方 205






高速クルーザーは順調に海を進み、マリア遺跡に近い港に停泊した。
そこで降りると…当然のように既にタクシーが待っていた。

流石、恭弥さん…
今日の移動手段の何もかもを手配しているようだ。




陽気で明るいタクシーの運転手は、今度は英語の話せる人だった。
恭弥さんはギリシャ語の簡単な日常会話程度なら話せるらしいが、
…私は全く分らない。


だから事前に、私が理解出来る言語を話せる運転手を
手配してくれていたのだろう。

最初のシティアのタクシー運転手は、簡単なフランス語と英語が話せた。
高速フェリーの船長はイタリア語が流暢に話せる。
そして今度の人は英語なら問題なく話せる人だ。







観光地としては、ややマイナーなマリア宮殿遺跡に行くまでの間も
運転手さんが、ごく簡単な
この地域の歴史などの案内を話してくれながら…無事に到着。

整備されている観光地ではないので、
恭弥さんが、しっかり私の手を繋いでくれながら
二人で遺跡をゆっくりと歩いて周る。

思っていた以上に広い遺跡を、昔の時代を偲びつつ
…心行くまで見て周った。




マリア遺跡を後にした後、タクシーの運転手さんお勧めのお店で
レモンを手絞りして作ったフレッシュドリンクと
少し甘いお菓子を食べて休憩をする。

そして、その時に…ここマリアでも…
“シティアと同じように妙な懐かしさを感じるね”
…という会話をしつつ、恭弥さんと一緒に穏やかに過ごした。









その後、再び高速クルーザーでイラクリオンの港に無事に到着した。
シティアへの到着時間が早かったし、
途中の移動も高速フェリーで移動出来たので
イラクリオンで観光をする時間も十分にある時間だ。

恭弥さんと相談の上で…少し離れた場所にある
クノッソス宮殿跡にタクシーで行き簡単に観光をした後は
港近くに戻って来て
考古学博物館を二人でゆっくり見て周る事にした。

以前から見たかった女王の間の美しいイルカの壁画や、
興味深い古代の壺などを…
宮殿跡地と博物館の両方で見てしっかり堪能する。







その後、少しカフェで休憩をした後に
イラクリオンでの観光の最後に、
海に突き出るようにして建っているヴェネツィア時代の要塞に来てみた。

ここは要塞跡だけが海に突き出るようにして建造物があるので、
周囲には建物が何もなく、ぐるりと海が囲んでいる。

ここからならば夕日が綺麗に見えるだろうと思って来てみたのだが
みんな考える事は一緒で…結構多くの観光客がいる。



…う〜ん…
思っていた以上に人が多いなぁ…と思っていると…



恭弥さんが…

「…優衣。…下の階でも夕日は見えるから移動しようか。」

と声を掛けて来た。



…やっぱり…
こんなに多いと恭弥さんは嫌だよね…と思いつつ
要塞の一番上の屋上のようになっている所から階段を降りて、
大勢の人がいる所から見ると
2、3階分程、下に降りた位置まで移動をして来た。

そこには私達以外は誰もおらず…
眼の前には美しい夕焼けの風景が見えている。




移動をしている間に、空の色がとてもキレイに色付いて
…なかなか良い感じだ。

恐らく、後少しで日が沈む所を見られるだろう。

(場所も穴場みたいだし、)
(時間的にもピッタリだったみたい…)

心の中で、そんな事を思いつつ
…美しい夕焼けを恭弥さんと隣に並んで見る。










夕焼け空と間も無く沈む夕日に照らされて
まるで光っているように見える美しい雲を堪能していたが
同時に潮風を受けて少しだけ肌寒さを感じていると、
それを敏感に察知したらしい恭弥さんが…


「…おいで、優衣。」
「こうしていればあまり寒くないだろう?」


と私の肩を抱き寄せつつ移動させ、
後ろから私を包み込むようにして来た。


(……っ……)


私が前になり、背後から抱き締められているので
恭弥さんの吐息が…耳の辺りで感じられ思わずビクリッとする。

そんな私の様子に気が付いて
…クスリと笑う気配がするが…
私からは恭弥さんの表情は見えない。



「…………。」



恥ずかしいが他に誰もいないし
…まぁ良いかな…と開き直る事にした。

それに…
確かに、こうしていると温かい…。










そのままの姿勢で、眼の前の夕焼けの景色を見ていたら
…いよいよ空が赤く染まり…雲が黄金色に輝き…
夕日がゆっくり、ゆっくり…
遥か彼方の…水平線に沈んで行く…。

まだ結構眩しいので目を傷めないように
基本的に視線を外しつつ、時々チラリと見る。

数分で、夕日がほぼ沈み…地平線が綺麗な茜色に染まった。
茜色の水平線の上は…
真っ青な蒼が拡がり美しいグラデーションを見せる。

太陽が水平線に沈んだ後も、
まだ暫くの間は空に十分な明るさがあって、とても綺麗だ。




透明度の高い美しい地中海の海に
夕日が沈む瞬間を見る事が出来てホウッと感嘆の息を漏らす。



「…夢のように美しい光景ですね。」



「今日は天気にも恵まれたし…良い思い出になったね。」



「はい。…それに、この場所は穴場でしたね。」
「先ほどまで居た要塞跡の一番高い位置から…」
「海を見下ろすように夕日が沈むのを見るのも素敵ですが」
「こうして…水平線と視線を合わせられるような位置から見るのも素敵です。」



「あの場所は人が多過ぎた。」
「僕は…こうして君と二人きりになりたかったし、…此処は、その点でも良い場所だ。」



そう言いつつ、背後から私を抱き締めている腕の力を
…少し強くする。

密着している背中から恭弥さんの熱が伝わって来る。


(…………。)


恭弥さんの言葉は嬉しいと思うけれど
…何と答えて良いか分らずに無言になってしまう。

私は未だに…こんな甘いシーンに弱いというか…
慣れてないので…
どんなリアクションを取れば良いか分らなくなる。












そのまま眼の前の…
刻々と色が変わる美しい空と海の色をじっと見ていた時…
背後から恭弥さんが、しっとりと…話し掛けて来た。



「…優衣…。」



「…はい。」



「本物の恋人だけでなく…本物の婚約者にもなって貰いたい。」



(…っ!!…)
「……あの……それって……。」



「僕の妻として…この先の人生…ずっと僕の隣に居て欲しい。」



「……っ……。」



つい2日前の夜に、
やっと正式に恋人になったばかりなのに…。
あまりに急なプロポーズに驚いて…頭が少し白くなる。









黙り込んでしまった私を、
しっかり抱き締めたままの恭弥さんが…


「恋人になったばかりなのに…せっかちな話だと思うかい?」



恭弥さんの言葉にコクンと頷きつつ返事をする。



「…はい…そう思っていました。」




「確かに“正式に”恋人になったのは2日前からだけれどね…」
「欧州に来る前の期間は週に1日か2日は一緒に居た訳だから、」
「あの期間を“付き合っていたも同然”と考えたら…約1か月半の付き合った期間がある。」

「欧州に来てからは…疑似ではあるが3カ月間も恋人として一緒に過ごした“実績”がある。」
「…これだけあれば…互いを知る為の期間として短すぎるという事はないと思うよ。」




「…………。」



…なるほど…
正式に恋人になってからの期間…ではなく、
事実上一緒にいた期間を“実は付き合っていたも同然”
と考えれば

少し気が早いようにも思うけれど…
プロポーズされるようなケースも…まぁ有り得る話だと思える。









…う〜ん…
と考え込んでいると、更に恭弥さんが話し始める。



「この3ヶ月間は朝から晩まで、」
「1日の内の殆どの時間を一緒に過ごしていたんだし…」
「世間で言う所の…“同棲”していたも同然だという言い方も出来るね。」

「これだけ間近でお互いの事を見て来たんだ、」
「…このタイミングで求婚したとしても、変だとは思わないな。」




「…………。」



…うん、まぁ…恭弥さんの言う事は分かる…。
そうでなくても恭弥さんは、基本的には即断即決で即行動の人だ…
これだけ一緒にいる期間があったのだし、
もう十分過ぎる程だと考えているかもしれない。



…でも…

私は恭弥さんのように、
直ぐに決断するのは少し苦手だと感じるし、
どちらかと言えば慎重な性格だ。
言われた事に納得したとしても直ぐに返事をする事は…難しいと感じる。


「…………。」










どう返事をして良いものか分らずに
困惑して考え込んでいると…
優しい口調で…再び恭弥さんが話し掛けて来る。




「僕は…君の前では、ありのままの僕になれる。」
「本当の意味で自然体になれるんだ。」
「こんなに本当に寛ぐ事が出来るのは…君と二人だけの時以外にはない。」

「少し…言葉を変えると…。」
「君は…心から相手の幸せを願っての行動を、ごく自然な形で表わす人だ。」
「私利私欲のない、見返りを求めない無私な愛を…与える事が出来る。」
「そんな君と一緒にいると…僕は心から安らぐ事が出来るんだ。」





「…そんな風に言って頂き…嬉しいです…。」





「それに…優衣…、君は…やや天然の混じった純粋さだけの人ではない。」
「…ふとした折りに、気高さも見せる。」
「僕は…そんな部分にも、とても惹かれているよ。」





「…あのぅ、お言葉ですが…気高さなんて、とても感じるとは思えません。」
「私は、思いっ切り庶民的な質ですし。」





「君の、その魂の内に持つ高貴な輝きに…自分自身では気が付いていないのだろうね。」
「この世の家柄や身分や立場的な物ではなく…君の“魂が放つ輝き”だよ。」





「…それは…正直、良く…分かりません。」



私の返事を聞いた恭弥さんが
…フッと少し微笑んだ気配が背後でする…




「自覚なしでやっているからこそ…輝いているのかもしれないな。」




「…………。」




言われた言葉と、恭弥さんが話す度に感じる吐息に…
若干のくすぐったさを感じる。


かなり過剰評価だとは思うけれど…
それを言った所で、
お返しの言葉が来るだけだろうし…と口を閉じた。



















[*前へ][次へ#]

38/43ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!