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虹の彼方 198





その後、鷹司さんの部屋を出て…
自分達の船室に戻りつつ私は、とても幸せな気持ちだった。

恭弥さんが、わざわざ調査書類と手紙を用意してくれていた優しさ…
鷹司さんが、私を信頼して書類や手紙を見せてくれた上に、
何もかも打ち明けてくれた事も…

そして、最後に…
今の自分の課題に正面から取り組む決意をしてくれた事も
何もかもが…嬉しかった。



未だに、夕飯を食べずに
部屋で待ってくれているであろう恭弥さんの元に
急いで向いつつ…
私の心の中は幸せな暖かい気持ちで一杯になっていた。








部屋に戻ると、恭弥さんは先程と同じように読書中だった。



私が部屋に入って来たのを見て直ぐに

「…お帰り。どうやら上手く行ったようだね。」

と少しだけ口の端を上げて言う。



「…分かりますか?」

と少しおどけて聞くと、面白そうに…


「君の顔には、何でも書いているからね…直ぐに解る。」

と言って、少し笑う。




「鷹司さんは、とても喜んで…恭弥さんにお礼を伝えて欲しいと言っていました。」
「ご自分の目で、婚約者の男性の事をしっかり確かめるそうです。」



「…そう。」



何も報告をしなかったとしても…
私が、嬉しくて満面の笑顔でニコニコしているのを見て、
恭弥さんには、先ほどまでの鷹司さんとの会話が
透けて見えるように…解るのだろうな。

隠すつもりなど最初からなかったけれど、
こうバレバレなのも…我ながらどうかと少し思う。


…そんな事を考えていると…



「…優衣。今の服も悪くないけれど…今夜はもう少しオシャレをしておいで。」



「…オシャレ…ですか?」



「うん。もう少しドレッシーな方が良いな。」
「今から30分後にレストランの予約をするから、その間に着替えて準備をしてくれるかい。」



「はい。…分かりました。」


返事をして衣装を置いている方に向かう。







一応、今の服装もギリギリ夜の時間帯に相応しい姿ではある。

先程は、鷹司さんの部屋に行く事を考えていたので
…この服装にしたのだけれど
確かに少しだけフランクな感じがするとは思う。



でも何時もなら恭弥さんは、私の衣装選択には基本的に注文はつけない。
なのに、どうして…今日に限ってこんな事を言うのだろう?
と疑問を持ちつつ


さて、どのドレスにしようか…と考えている時に、
ふと…閃く物があった。



(……!……)



そう言えば、すっかり忘れていたけれど…
雨の中での鷹司さんとの話を恭弥さんに聞かれていたのだった!

何時から恭弥さんが聞いていたか分らないけれど、
間違いなく最後のは聞かれていただろう。

あぁ、しまった…
さっき、鷹司さんに何時から恭弥さんが居たのかを
聞いておけば良かった。



(…………。)



本人が背後で聞いているとは知らずに
…愛の告白をしたも同然である事をすっかり忘れていた。

もしかしたら恭弥さん的には、
今夜…もう全てをハッキリさせるつもりなのだろうか。
それで、ドレッシーな衣装を選ぶように言って来たのかもしれない。

でも私の好きなタイミングで
返事をして良い事になっているのだから、
きっと返事の無理強いはしないだろう。





しかし、さっきのアレを聞かれてしまったのだし…
これ以上、返事を遅らせる事には…あまり意味がないような気もする。

だからこそ恭弥さんは“期待を込めて”
私に着替えて来るように言ったのではないだろうか?



う〜ん…。

恭弥さんが何を考えて着替えをするように言ったのか
真意は分らないが
もしも、返事を期待しての事だったら…どうするべきだろう。



(…………。)










そして少し迷った挙句、
ひとつの衣装を手に取って…素早く着替えを済ませた。


衣装をより綺麗に見せる為に、
髪型も少し変化を付ける。

メイクもドレスの色に合わせて少し色味を変えた。




ドレスに合うジュエリーも身につけて、
準備を終えて…
恭弥さんが待っているソファーまで静かに歩いて行く。

先程まで、部屋着だった恭弥さんも…
何時の間にかタキシードに蝶ネクタイという姿に着替えていた。



「…お待たせ致しました。」






そう静かに声を掛けると…
恭弥さんはゆっくり私に視線を向ける。

そして…


「…わぉ。…良いね。」


少しだけ目を細めつつ、そう言った後に
スッと立ち上がり…自然な動作で私に腕を差し出してくれる。

差し出された恭弥さんの腕にそっと自分の手を添えると、
優雅なエスコートをしてくれながらレストランに向かった。





予約を入れたレストランに向かいつつ、
恭弥さんは時々チラリと私を見て…


「服飾の専門家に似合う服ばかりを選ばせたのだから、」
「今までの、どのドレスも君に似合っていて当然だと思っていたが…今日のそれは、特に良いね。」
「…そのドレスは…驚く程、君に似合っているよ。」
「まるで…君の為に特別に誂えらえたようだ。」



「…有難うございます。そう言って頂けると…自信になります。」


その後は、二人共無言で…ゆっくりとレストランに向かう。









その日…私が悩んだ末に選んだ衣装は、
濃いバイオレット…つまり濃い紫色のドレス。

バイオレットと表現をしたけれど、
実際はとても日本的な和色の紫。

シルクの上品な濃い紫色に、
少しだけ白で縁取りがされている物で見るからに優雅な品…
日本の伝統的な和配色で“荻”と呼ばれる物に近い。
それより、やや青味が強く濃い紫だけれど。


その高貴さ漂う雰囲気に…最初に見た時には、
“こんな素敵過ぎるドレスは、とても私には似合わない”
“私では着熟(きこな)す事は出来ない”
…と感じた物だった。




日本でも古来より最も高貴な色とされている紫。
英国でもロイヤルブルーと並び、ロイヤルパープルが存在する。

英国のダンスパーティで着用したような、
軽やかな薄い紫のドレスとは全く違う雰囲気で
こちらは…どう見ても“着る人を選ぶドレス”だった。



でも店員さん達の感想は、真逆だった…
“とてもお似合いでございます!”
“今までで一番良いかもしれません”
などと言われ、その気になって購入を決めたのだが…

今までは着る勇気が出なくて、一度も着用した事がなかったドレスだ。








源氏物語にも…
源氏の君が女性達に新年の衣装を選ぶ場面(玉鬘)が登場する。

その時に源氏の君は…
紫と白の格調高い色調の難しい組み合わせの衣装を
“彼女ならば着熟せるだろう”
と明石の上(明石の姫君の生母)に贈る事にした。


源氏の君の選択を見た紫の上は、
“明石の上はきっと高貴な紫色を纏うだけの器量がある貴婦人なのだろう”
と思いを巡らすという有名な場面だ。


どんな衣装を着熟す事が出来るかは…
時にその人自身を如実に表わす。
(でも私の場合は、それに当て嵌まるとはとても思えないけれど)





また衣装は、時には…
その中に特別な思いを込める事も出来る。

先程の例では…
源氏の君は…単に“似合うだろう”というだけではなく
“何れ国母(こくも)”(明石の姫君の未来予想)の
隠れた実母という立場になるであろう
明石の上への敬意や感謝などの様々な想いも込めて
…最上の色である紫色の選択をした、という解釈もある場面だ。

衣装とは、そういう物でもある。







今夜の私は、それを意識して…この衣装を選んだ。

これは言わば、私から恭弥さんに対しての“サイン”だ。


(…………。)


(…………。)



お互いに無言で歩いているが…勘の良い恭弥さんの事だ
…きっと私のサインに気が付いているのだろう。

ほぼ“伝わっている”と思って良いだろうし
この後は、もう…流れに従って行動する事にしよう。





















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