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虹の彼方 197






私的には事情が分れば十分なので、
報告書の上の方をザッと見ただけで直ぐに鷹司さんに返した。

あまり細かいところまで私が読むのは失礼になるだろう。




鷹司さんは、それを受け取った後に…
再度、今度はゆっくりと全体に目を通している。

私はその様子を、紅茶を頂きながら
…暫く黙ったままで見ていた。



(…………。)



暫くして、報告書を最後まで読んだ鷹司さんが
…軽い溜息を吐きつつ…



「短期間で、良くここまで詳細に調べる事が出来ますわね。」
「流石、恭弥さんのなさる事ですわ。」



それだけ言って、その後は沈黙してしまった。



何かを考えている素振りで、
書類の一番上にある相手の男性の写真を見ている。

その後、今度は…
添えられていた手紙を再びじっと真剣な表情で見つめる。

少しして、手紙から目を離した鷹司さんが
…その手紙を無言で私に差し出して来た。


(…?…)


鷹司さんが最初に見た時に、とても驚いていたが…
この手紙には、何が書かれていたのだろうか?

疑問に思いつつも、
私も無言で受け取って、その内容に目を通した。



(…っ!…)

これは…恭弥さんの直筆の手紙だ。




クルーズ船内の部屋に備え付けられていた
シンプルな便箋に…
とても達筆な美しい字体で、
手書きメッセージが簡単に書き込まれている。




『綾子へ』


『君が、僕達の周辺を探り始めた時から君の状況の大体の予想はついていた。』
『今回、この手紙と一緒に渡した物は』
『僕の予想が当たっているか確認の為、逆に君の周辺を調べさせた時の報告書の一部だ。』

『これらの報告書は、もう僕には必要のない物だから君にあげよう。』
『じっくり読むなり必要ないなら捨てるなり、好きにすると良い。』


『容姿や家柄や年齢などの外部要件や、』
『赤の他人に聞いた噂話に簡単に惑わされるのは、君の悪い癖だ。』
『君自身の目や感性で、相手を確かめてみる事を勧めるよ。』


『雲雀恭弥』





…やっぱり…恭弥さんは、ずっと前から知っていたんだ。

そして、持ち前の鋭い勘で色々な憶測をして、
それを元に部下を動かして調査をしていたらしい。

もしかして『仕事がある』と言っては
時々クルーズ船の部屋に籠っていたのは、
この報告書関係での事だったのかもしれない。






にしても…恭弥さんは優しいな…と思う。

自分の関心の為に調べた…と受け取れる書き方をしているけれど…
実際は、鷹司さんの為に詳細に調べさせて、
ここまで具体的な報告書を作成させたのだろう。

だって、この程度の内容なら…普段の恭弥さんなら
草壁さんに口頭で報告を受けたら、それで終わる程度の物だ。
ここまで多くの写真データも必要ない筈だし。



そして、最後の文章に…特に優しさを感じる。
『君自身の目や感性で、相手を確かめてみる事を勧めるよ。』
…と書いているという事は、恭弥さんの目で見て

『そんなに悪い相手ではない』
『恭弥さん的にはOKの相手』

…であるという事なんだと思う。


もしも、調査の結果…
変な人であり、とてもお勧め出来ない相手である事が分っていれば、
こんな書き方はしないだろう。

その場合はきっと…密かに動いて
破談になるように仕向けてくれたのではないだろうか?




相手の男性は…
年齢は離れているし、まだお互いに良く知る間柄ではないけれど
きっと鷹司さんに合う相手であると…恭弥さんは判断したのだと思う。

ご両親もとても気に入っている相手であるらしいし
…周囲の冷静な眼で見れば、そう見える男性なのだろう。




恭弥さんは、鷹司綾子さんの事を…
自分には関わりのない人のような言い方をしていたけれど
内心では密かにちゃんと“幼馴染認定”をしているのではないかと感じた。

手書きの手紙からは…
顔見知りの幼馴染に対する親愛の情のような物を感じる。



(…………。)










無言でじっとその手紙を見た後に、鷹司さんに返す。
手紙を受け取った彼女は、再び…じっと文面を見つめた。

…そして…



「恭弥さんが、こんな手紙を下さるなんて初めての事です。」
「正直、とても驚きましたわ。」

「貴女に対して…あんな事をしたわたくしに…ここまでして下さるなんて。」
「恭弥さんは、本当に変わったのですね。」
「…いえ…、正確には…藤宮さんが恭弥さんを変えたのかも知れませんわね。」




「…え…?…私が…恭弥さんを変えた?」




「ええ。きっと…そうなのではないかしら。」
「貴女ときたら、どこまでもお人好しですし呆れる程の方ですけれども…」
「そのお人好しが…恭弥さんにも感染したとしか考えられませんわ。」

少しクスリと笑いつつ言われる。









「…私には…恭弥さんが、そもそも持っておられる優しさが表に出ただけに思えます。」
「この手紙や数々の資料からは…」
「幼馴染である鷹司さんへの、親愛の情のような物を感じます。」




「…親愛の情ですか…」
「もしそうだとしても、その“情”を導き出したのは…きっと貴女ですわ。」



「…私が…導き出した?」



「恭弥さんが、ここまで骨を折って下さったのは…きっと…」
「藤宮さんが、わたくしに関わりを持ったからこそでもあると思います。」
「わたくしへの親切は即ち…貴女の為であるとお考えなのでしょう。」



「そうでしょうか?…私には、単純に鷹司さんの為にした事のように見えますが。」



「…ふふっ…。…貴女は、変な所だけ勘が悪くなるのですね。」


鷹司さんは…そう言いつつ、楽しそうに笑う。









「…………。」


恭弥さんの真意は兎も角…
私は、鷹司さんの明るい表情を見てホッと胸を撫で下ろしていた。

先程、雨の中で立っている時の、全てに絶望したような…
何もかもを投げ出したいような…
暗い表情がなくなり、少し元気になってくれた事が嬉しい。

あの時は、海に身投げでもするつもりではないかと、
密かに心配していただけに心底ホッとした。










少し笑った後に…
鷹司さんが、少しだけ真面目な顔をして私に話し掛ける。



「…先程は、言いたい放題に言ってしまって…ごめんなさいね。」
「貴女の事が嫌いだとか…私の気持ちなど分らないだろうとか、色々と言ってしまいましたが」
「…本当は、貴女に嫉妬しているだけなのは、自分でも解っているのです。」




「…嫉妬…。そう言えば、私の事が羨ましいと…」




「貴女の、素朴で純粋である所や、とても前向きで明るい所は…本当は好きなのです。」
「実は、そんな方に昔から憧れを感じておりました。」
「わたくしは…自分でも時々嫌になる程にプライドが高いですし、…少々嫌味な性格だと自覚もございますので。」




「私の事を褒めて頂けるのは嬉しいですが…でも、鷹司さんも素敵な方ですよ?」
「私は初めて出逢った時からずっと、そう思っています。」
「美人だし、優美で優雅で品があってとても魅力的な方です。…私の方こそ、憧れの対象です。」





「…それを本気で言える所が、藤宮さんの凄い所ですわね。」


ちょっと笑いつつ、そう言った後に…









「わたくしが育った家庭についても、色々と文句のような事を言いましたが…本当は感謝しているのです。」
「両親も家の者達も…本当に何時も良くしてくれて有難いと思っています。」
「今回も、どうしても急にクルーズツアーに行きたいと申し出たら、…訝しがりつつも了承してくれました。」

「…独身である内に体験しておきたい事がある、と言ったからでもあると思いますが。」





「ご両親は、娘の事が本当に可愛くて仕方ないのでしょうね。」





「ええ。有難い事ですわ。」
「でも、今回の婚約の破棄だけは…どうしても応じてくれませんでした。」
「私も両親もお互いに、どうして解ってくれないのだろうかと…半分喧嘩のようになりました。」

「今まで、何のかんのと…わたくしの意志を尊重してくれていた両親が…どうして…と哀しくなりました。」
「それもあって、今回のようなお馬鹿で無謀な計画を立てたのです。」




「そうでしたか…背景に、ご両親に対する反発もあったのですね。」




「…まるで子供が駄々を捏ねているようで、笑えるでしょう?」




「鷹司さんは…今回、こうやって行動する事で…何か変化が欲しかったのですね。」




「…ええ、現状を打破できる物が欲しかったのですわ。」
「それに…心の中のモヤモヤを何とかしたかった…」




「…………。」












「当初の予定とは変わってしまいましたが、…お陰様で、違う形で目的は果たせましたわ。」



「…え?」



「こうして貴女と知り合いになる事が出来て…恭弥さんにも、骨を折って頂いて…」
「わたくし…今の現状から逃げようとするのを止める事に致しました。」



(……!……)



「恭弥さんのアドバイス通り、自分の目で相手の方を確かめて見る事に致します。」
「その上で…どうしても嫌だった時には、もう一度、両親と話し合ってみますわ。」




「…そうですね。それが良いと私も思います。」




「貴女を見習って…もう少し前向きに考えて行動してみる事に致しますね。」




にっこりと微笑みつつ決意を述べる鷹司さんは

…掛け値なしに…美しかった。

















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あきゅろす。
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