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虹の彼方 196





鷹司さんに前に聞いていた部屋番号を探しつつ
船内を歩き、目的の部屋を見つけた。

1人用の部屋の中でもグレードが高く、
広めの部屋の中のひとつだった。




万が一、寝ていたりしたら申し訳ないので、
少し控え目にノックをした。

間も無くして、ドアを開けて鷹司さんが顔を覗かせる。
血色がとても良いとまでは言えないけれど、
特別に具合が悪そうには見えない。


(…良かった。)

そう思っていると、



「…藤宮さん…どうなさったの?」



「あの、体調は如何ですか?…大丈夫でしょうか?」



「わたくしの心配をして来て下さったの?」



「はい。…それと、恭弥さんからのお届け物をお持ちしました。」



「…恭弥さんが、わたくしに…?」



怪訝な顔をした鷹司さんは少しだけ考える素振りを見せた後に



…ドアを大きく開いて

「…どうぞ、お入りになって。」

と室内に誘ってくれた。










ソファーに座るように促してくれた後、
直ぐにお茶の用意をしてくれた。

向い合せになるように座り、一緒に香り高い紅茶を飲む。
暖かい紅茶が、身体に沁みて行くようだ…。

鷹司さんは先程までの服装を着替えているし、
ほのかにシャンプー類の香りがする。
私と同じように直ぐにお風呂に入り温まったようで…安心した。



でも、念の為…もう一度尋ねてみる。


「かなり身体が冷えていたと思うのですが…頭痛などはないですか?」



「ええ、お陰様で大丈夫ですわ。」
「直ぐに熱めのお風呂で温まりましたし…今の所は不調は感じません。」
「…あの…先程は有難うございました。」
「あの時に声を掛けて頂けなければ、きっと体調を崩していたと思います。」



「…何事もなく済んで良かったです。」



穏やかに微笑みながらお礼を言われて
…心に温かい感情が拡がる。



「藤宮さんは…大丈夫なのですか?」



「はい。私もあれから直ぐにお風呂に入りました。」



「そうですか。」











お互いに少し微笑んだ所で、
恭弥さんに渡された封筒の事を思い出して、
…鷹司さんに差し出して渡す。



「これが、恭弥さんから預かって来た物です。」
「鷹司さんが中を見れば、何の書類なのか解る筈だと言っていました。」



鷹司さんは、やや怪訝な顔をしつつも、
お礼を言いつつ封筒を受け取った。

そして、その場で封を開けて中を確認している。


結構、量が多いようだ。
何枚も書類らしき紙が入っている。

何かの報告書のように見える書類を見ている鷹司さんが
…ハッ!とした顔になる。
とても驚いているようだが、一体、何が書かれているのだろうか。

驚いた顔のまま、内容にザッと軽く目を通していた鷹司さんが…
最後に一緒に添えられていた
クルーズ船オリジナルの便箋に書かれた手紙を開いて見た時に…
大きく目を見開いて、更に驚いたような表情をした。


「…………。」


そのまま無言で、じっーとその手紙を見ている。

暫く、そのままだったが…
やがて、ゆっくりと書類の束を私の方に差し出して来た。








「…どうぞ、ご覧下さい。」



「私が見ても良いのですか?」



「ええ。構いませんわ。」



確認をした後に、渡された書類を簡単にザッと見て行く。

内容は、ある男性についての物。
写真やプロフィールは勿論、趣味や性格や様々なシーンでの行動分析など
実に詳しくこの男性の事が、
多くの写真と共にかなり詳細に報告されていた。


(…これは…もしかして…)

そう思っていると…鷹司さんが説明をしてくれる。



「…この方は…約半年前に、わたくしの両親が決めた…わたくしの婚約者ですわ。」



「…本物の…婚約者という事ですか…?」



「はい。恭弥さんとのお話は嘘でしたが…この方とのお話は本当です。」
「わたくしの…本当の婚約者はこの方ですの。」










そう言われて、再びプロフィールに目を通す。

その男性は、鷹司さんが私と同じ位の年齢だとすると…10歳位年上だ。
容姿は、正直な話…
それ程良いとは言えないが、真面目そうな人に見える。

ごく普通の中流家庭で育った人で…とある大きな企業の創業者社長のようだった。
オーストリアのクラウスと奥様の関係と、少しだけ似ているケースだ。

年齢差が大きい所や、恋愛関係でない所は違うけれど。




「わたくしは…この方のご希望に添うような形で、急に降って湧いたような今回のお話が嫌で」
「何とか…このお話を破談にしたかったのです。」

「そんな事を考えている時に…丁度、お友達から恭弥さんのお話を伺いましたの。」

「それで、今の恭弥さんに少し興味が湧いたのと同時に…」
「“実は、隠れてあの雲雀恭弥と付き合っている”…という事になれば…相手の方が引くだろうと考えました。」
「恭弥さんと喧嘩をしたい方など…いらっしゃらないでしょう?」




「…この方との婚約を破棄したくて、今回のような事をされたのですか。」
「私を追い払うのが本当の目的なのではなくて…」
「婚約を破棄に出来るなら、何でも良かったという事ですか?」




「ええ、そうですわ。滑稽に思えるかしら?…でも、私は真剣だったのです。」
「他には…良いアイデアもありませんでしたし…。」




「今の鷹司さんが、一番出来そうな事だったという事ですね。」
「所で、この方の事ですが…、その…そんなに嫌な方なのですか?」
「何か…そこまで嫌がる大きな理由があるのですか?」




「わたくしはこの方とは…お顔合わせの日を除けば、パーティなどで数度、お逢いしただけで…」
「ご挨拶程度しか、お話した事もありません。」

「それにお歳が、かなり離れております。」
「この方と私は育った環境もかなり違いますし、不安も大きいですわ。」

「一番嫌なのは…良く解らない趣味にハマったせいで、婚期を逃したのだという噂を耳にした事でした。」
「そんな方と、どうして…わたくしが結婚しなければならないのでしょう…」




「お互いに…まだあまり知らない間柄であるようですね。」
「それで…ご両親様に、そのお気持ちをお話してみられたのですか?」
「自分達の可愛い娘が…どうしても嫌だと言うのに無理強いをする事はないと思うのですが。」




「当然、両親にはお話を致しましたわ。」
「でも何度訴えても聞き入れては貰えませんでした。」
「どういう訳か…両親はこの方の事をとても気に入っておりますの。」

「それに少しせっかちな父が…お顔合わせの日の直ぐ後に、婚約の件を公の場で公表してしまったのです。」
「お断りするのは、世間体も悪い…」
「という事も言われて…私もそれ以上強く言えなかったのです。」

「わたくしの側から、一方的に婚約を破棄するような事をすれば」
「…次のお話が、来なくなる恐れがございますので。」

「つまり、今のわたくしは…八方塞がりの状態なのです。」








「…それで…一縷の望みを託して、今回のような計画を立てたという事なのですか。」
「相手の男性側から、お断りが来て破談になるように、…という目論見だったのですね。」




「ええ。その通りですわ。」
「でも、恭弥さんは…最初から何もかも気が付いておられたのですね。」

「…流石ですわ。風紀財団の調査力は高いと報告を受けておりましたが凄いですね。」
「きっと、わたくしが調査をお願いした方々の動きも内容も、」
「…何もかも全て、掴んでおられたのでしょうね。」



少し自嘲気味に聞こえる言い方で、鷹司さんが話す。








鷹司さんが、私達に接触しようとして調査をしている段階で、
風紀財団の方が、その事に気が付いて…
このクルーズ旅行の前から、恭弥さんに報告が行っていた、
…という事なのだろうか?


…そして…
鷹司さんは“何か思惑があって自分達を調べている”
のだという事を鋭く見抜いた恭弥さんは

彼女の背後の事情を調べさせて、その上で…
“恐らく、婚約者の男性絡みで何か思惑があるのだろう”
という推測を立て…
この男性の事を詳しく調査させた、という事なのではないだろうか。





つまり、恭弥さんは…
鷹司さんには“本物の婚約者”がいる事を知っていたらしい。


だから鷹司さんが、私に対して…
『恭弥さんとは許嫁の仲だという嘘を吐いている』事が分った時に、

“そんな嘘を言っていたのか”

と、若干呆れたような反応だったのかもしれない。
















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あきゅろす。
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