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虹の彼方 192





激しい雨が降っているので、走ると滑って転びそうだ。

それでも出来るだけ小走りにして
…大急ぎで鷹司さんの所へ向かった。



「…鷹司さんっ!早く、中に入って下さい!」



そう言いつつ駆け寄ると
…ゆっくりと後ろを振り返り、私に視線を向けて来た。

でも、鷹司さんは黙ったままだ。



「風邪を引いてしまいます…早く、中へ…!」



そう言いつつ、彼女の腕を取り、
そこから一番近い出入り口の方に向かおうとしたが…


(…っ!…)


私の手を…振り払われてしまった。







そして…


「…わたくしには…構わないで下さい。」


ポツリと、視線も合わさずにそう言われたが、
そんな訳にはいかない。

ここで、こうしている間にも…ドンドン濡れて行く。
私も、既にずぶ濡れになってしまっていた。

予想以上に冷たい雨水は
…身体の熱を奪って行くのも早い。



(……っ……。)



“説得している場合ではないな”
…と判断をして…
今度は、さっきよりも強く腕を掴んで声を掛ける。



「…兎に角、庇(ひさし)のある所に行きましょう。」


それだけ言って…彼女の返事は待たずに、
強引に強く腕を引いて無理矢理に
出入り口のすぐ近くの庇のある部分まで移動をした。

鷹司さんは、最初は少し抵抗をしたけれど…
諦めずに強く腕を引く私に観念して
…その場から移動してくれた。










庇があり、直接雨が降って来る事はないが…
すぐ目の前で大雨が降っているので、
デッキの床に当たった雨の跳ね返りの小さな水滴が
止めどなく当たって来る場所に並んで立つ。


土砂降りの大雨なので…
少し声を大きくしないと、声が聞こえない。

そこで、意識して大きな声で鷹司さんに…話し掛けた。


「全身ずぶ濡れになっていますね…一刻も早く、身体を温めた方が良いです。」





私の声に反応し…私の方をチラリと見つつ…


「…貴女は…本当に、どこまでもお人好しなのね。それとも、わたくしに同情していらっしゃるの?」



「…同情とは…?」



「もう、恭弥さんから…お話は聞いたのでしょう?」



「許嫁の件でしたら…昨夜、聞きました。」



「…それなのに、どうして…わたくしに構うのですか。」



「許嫁の件が嘘だった事と…大雨の中で濡れている人を放っておけない事は関係ないと思います。」
「このままでは体調を崩してしまいます。…さぁ早く、お部屋に戻って着替えを…!」







私の言葉を聞いた彼女が、少し睨むようにして私を見て来る。

でも幾ら睨まれたって…
こんな状態の彼女をこのままにはしておけない。

部屋に戻ると言ってくれるまで、譲らない!
という覚悟を持って…私も、意識して強い視線を返す。




「…………。」



「…………。」











少しの間、お互いに視線を絡ませていたけれど…、
やがて、ゆっくりと鷹司さんが口を開いた。


私に話しているようで…
でも、どこか独り言のように話す言葉を黙って聞く。




「…少し前に…英国の社交界で、偶然恭弥さんを見掛けたというお友達から…」
『あの雲雀恭弥が、女性を連れてパーティに出席して…笑顔でダンスを踊っていた。』
『全く違う人物かと思う程に…優しい雰囲気で驚いた。』
「…というお話を伺いました。」

「驚いたわたくしは…今の恭弥さんの事を詳しく調べさせましたの。」



「そう致しましたら…中学に上がった頃の印象の…あの恐ろしかった恭弥さんとは少し違って、」
「以前よりも寛容になり、筋を通せば話も聞いて頂ける人になっている事などが分りました。」

「それに、風紀財団という組織を作り…」
「世界各国の政府をはじめ、裏社会のマフィア等とも取引きをしていて」
「全世界的な規模で活動している事なども知りました。」

「今でも少し怖い所があるものの…」
「総じて大変に魅力的な方に成長されている…との報告内容でした。」



「その話を聞いたわたくしは…幼い頃の淡い初恋を思い出して…」
「もう一度、恭弥さんとお近づきになりたいと思ったのです。」

「けれど…その為には、恭弥さんの心を占めている貴女が邪魔でした。」
「ですから、貴女が自ら身を引いて…この船を降り、日本に帰国するように仕向けようと思って…」
「恭弥さんの許嫁であるというお話をしたのに…」

「貴女ときたら…想像以上に鈍いというか、ふてぶてしくて…」
「次の寄港地で、直ぐにでも日本に帰国するだろうと思っていた宛てが外れて…」
「何時までも恭弥さんと行動を共にするし…」

「わたくし…我慢出来なくなって、あの日…再びラウンジにいる貴女に話し掛けたのですわ。」






「…では、あれは…偶々私を見つけたのではなくて…」
「再び、私に接触して…船から降ろす為に話し掛けて来たのですか?」





「ええ、そうです。それなのに、貴女は…」
「“メールで恭弥さんの行動予定を連絡しましょうか”…なんて事を言ってくるし…」
「わたくし達は、恋のライバルなのに…余りに…お人好し過ぎて、心底呆れました。」





「…そうでしたか。」





「本当は…貴女が何も告げずに日本に帰国した後に…」
「理由が分らずに、傷心状態になるであろう恭弥さんを…」
「わたくしが、優しく慰めて癒して差し上げる予定でしたのよ。」





「…………。」


成程…と、鷹司さんの計画を聞いて思う一方で…
そんな小細工に、果たして、
あの恭弥さんが引っ掛かるだろうか?…とも思う。

正直な所…私が仮に船を降りていたとしても、
その計画が上手く行ったかどうかは、かなり怪しいと思った。


でも…今、ここでそれを言うのは
控えた方が良いだろうと思い、口を閉じる。









そこまで話した鷹司さんは…
視線を空に向けて大雨が降り続く様子を見上げる。

…私も一緒に空を見上げる。


相変わらずの、すごい雨量だ…
真っ黒な空から大粒の雨が次々に落ちて来る。



少し…寒くなって来た…。





その後…ふっと、私に視線を移した鷹司さんが…
今度はちゃんと私に話し掛けるような話方で話を始めた。



「わたくし…貴女のように良い人ぶっている方は嫌いですの。」
「純情で純粋で天然ぶっているけれど…」
「本当は抜けていて、相手の本質が見抜けないお馬鹿なだけですもの。」




「…………。」




「それに…貴女のように、妙に向上心がある方も嫌いです。」
「自分の努力次第で道が開けると信じているなんて…そんなの甘い幻想ですわ。」
「世の中には…努力ではどうにもならない事だって多いのに。」

「わたしくしのように…家名を背負って生きていく事を、強いられている者の気持ちなんて…」
「幼い頃から…歩むべき道を定められている者の気持ちなんて…」
「貴女のような、お気楽なプラス思考の方には…分からないでしょう?」




「…………。」




「進学先の学校は勿論、進む学部ですら自由には選ばせて貰えない。」
「友人や交友関係にも、当然のように口を出される。」
「習い事も、収めるべき学習内容も…何もかも決められた範囲の中でしか選択出来ない。」
「一時的に、海外に留学しても…常に監視のついた生活。」

「本当の意味で自由になる事など…わたくしには何ひとつ…ない。」
「…進学も、趣味も、恋愛も、結婚も…何もかも、私が自由に決める事は許されない。」




「…………。」









少し下を向いて、一呼吸置いた後に…
再び、口を開いた鷹司綾子さんが、私を真っ直ぐに見つつ…



「今回…貴女の生い立ちについても少し調べさせました。」
「貴女の経歴を知ったわたくしは…正直、貴女が羨ましかったですわ。」




「…私の事が…羨ましい?」




「ええ…そう感じましたの。」
「貴女のように…海外の色々な国で自由自在に生きて来た人には」
「到底、わたくしの気持ちなんて…分からないとは思いますけれどね…。」




「…………。」




確かに…
鷹司さんのような名家で育つという事は…端からは良くは見えても
実際は、色々な制約も多く、
全てに於いて周囲の目や世間体を気にしないといけないだろうし…
結構、窮屈で大変な生活だろうと思う。

…それに…
きっと“家名を汚さない為”という名目で、
学習や運動や習い事に至るまで、全ての事では
一定以上レベルの事を要求されて来たのだろうな…と推測も出来る。



同じ名家の育ちでも、恭弥さんのような…
自分で規則すらも変えてしまえる程の人は別だろうけれど
鷹司さんのように、模範的なお嬢様として育って来た人には
我慢して来た事も、辛い事も多かったのだろうと…想像は出来る。



でも…私だって、苦労や苦悩が全く無かった訳ではない。

冷静に見れば…
結構、辛い事も多かったと自分では思う。















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あきゅろす。
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