[携帯モード] [URL送信]
虹の彼方 189





待ち構えていたフェリーの船員達に、
やけに丁寧で慇懃(いんぎん)な態度で出迎えを受け…
真っ直ぐに自分達の船室に行く。



部屋に着いて、夜間用の衣装に着替えをした頃には、
船はイスタンブールの港を離れ…既に航海中だった。

今夜から、明日一日の間は…
美しいアドリア海のクルーズを、ゆっくりする事になっている。
天候にも恵まれて、穏やかな海を滑るように走る船。






ゆっくり落ち着いて食事を出来そうなレストランを選び
…ごく普通に食事をする。
恭弥さんとは、空港で買ったお土産の話などをしつつ
…それなりに楽しい時間を過ごした。


食事の後は…何処にも寄らずに、真っ直ぐに部屋に戻る。

ルームサービスで、簡単なおつまみ類数種と、
カクテルを持って来て貰い…
ソファーに座って、軽く呑む事にした。






恭弥さんは、部屋に用意させておいた
お気に入りの日本酒を手酌でのんびり呑んで…
私は、華やかな色合いのカクテルを、ゆっくり味わうように呑む…

室内の音楽は、恭弥さんの選曲で…
軽快な癒し系のボサノバが小さ目の音量で流れている。

これから…今回の私の大嘘作り話の件を詫びて…
正直な話をしなければならないので
場の雰囲気が暗くなり過ぎないように…と、
…恐らく、気を遣ってくれたのだろうと思う。

確かに…この方が少しでも話をしやすいかもしれない。




相変わらず…細かい気配りをしてくれる事に感謝をしつつ…

ひとつ大きな深呼吸をした後に…覚悟を決める。









その後…恭弥さんの方をしっかりと見て、
勇気を持って、話を始めた。



「恭弥さんが知りたい事、疑問に思っておられる事に…お答えしたいと思います。」
「途中で疑問があれば…遠慮なく聞いて下さい。」



「…分かった。そうさせて貰うよ。」



「先ず…先日の、私のお返事の件ですが…」
「私のお返事がNOである事には…変わりはありません。」



(……っ……)






恭弥さんが、小さくピクリと反応をする。
…が、そのまま話を続ける。



「でも、お断りした理由については…嘘でした。」

「恭弥さんに対する気持ちが…」
「高級ジュエリーを欲しがるのと同じ気持ちであると言った部分とか…」
「イタリアでの恭弥さんの戦闘場面を見てトラウマになったという話…」
「そして、骸さんに助けて貰った方が良かった…という部分は…全て、嘘でした。」

「嘘を吐いて…大変、申し訳ありませんでした。」




潔く、嘘であった事を認めて…深々と頭を下げた…








ゆっくりと頭を上げて、恭弥さんの方を見る。

…すると…


「君の言った理由が嘘だらけである事には…当然、気が付いていたよ。」
「如何にも、とってつけたような理由だったしね。」
「僕が、どんな事に反応するのか…良く分った上での作り話しになっている点は、まぁまぁ及第点かな。」
「戦闘場面でトラウマになった件までは、そこそこ良かったと思うけれどね…」
「その後に…六道骸の事まで出して来た所に、逆に計算高さを感じてしまったよ。」



「…やはり…気が付いていましたか…」
「骸さんの件は出さない方が…まだ少しでも良かったみたいですね。」
「トラウマになったという話は…結構良い言い訳だと、あの時は思っていたのですが。」
「本当の話には…全く聞こえなかったでしょうか…?」



「船の甲版で君と再会した時の…あの、安心しきった顔…」
「君が心底、僕の助けが来る事を信じて待っていた事が伝わって来たし…」
「その後、戦闘が終わった後に一緒に港に帰った時も…君の態度に変な所はなかった。」
「もし、本当にトラウマになっていたのなら、あの時に気が付いていた筈だからね。」



「…そうですよね…。」
「これでも一生懸命に考えたのですが…やっぱり、無理がありましたね。」



「…努力は、認めてあげるよ。」



僅かに笑いつつ言われ…苦笑して返す。










少し笑って、和やかな雰囲気になったのだが
…その後の恭弥さんの台詞で、空気が少し変わった。



「…じゃあ改めて…」
「どうして君の返事がNOなのか、本当の話を聞かせて貰おうか。」



「…それは…私の気持ちの問題ではなく…」
「道義的に見て、そうするのが正しい判断だと思ったからです。」



「…道義的に見て…?」



「はい。私的な道義だけではなく…」
「世間一般の道徳にも照らし合わせて“正しい判断”だと思うのが…“NO”というお返事だという事です。」



「道義的な判断とは、具体的にどんな意味なの。…もう少し詳しく教えて。」







「…あの、つまり…」
「恭弥さんが、私に隠していた事を知ってしまったから…の判断だという意味です。」
「オーストリアで私に告白をして下さいましたが…本来は、そんな事はするべきではないと思います。」

「もっと早く知っていれば、もしかしたら…」
「私は…恭弥さんに恋する事などなかったかもしれないのに…」
「その点については…ほんの少しだけ…お恨み申し上げます。」





「どうして僕が悪者になっているのか…訳が分からないな。」





ちょっとだけ…ムッとした言い方の恭弥さん。
でも、こんな程度の反応で怯む訳にはいかない。

出来れば…
ココで恭弥さんの側から「実は許嫁がいる」という話をして欲しくて
敢えて、ハッキリ言っていないのだけれど…
なかなか自分からは口を割ってくれない。

もう、ここまで来たのだから…ハッキリ言ってくれれば良いのに。
その方が、私的にもスッキリすると思う。








「…恭弥さん…先程から私は、何も隠さずに全てを正直にお話しています。」
「そろそろ恭弥さんも…本当の事を話して下さい。」



「僕は君に正直な話をしているよ。」



「…では、何故…」
「私と鷹司さんが一緒にいる場面を見て、あんなに反応したのですか?」



「綾子が、君に余計な事を言ったんじゃないかと思ったからね。」



「私が鷹司さんから聞いたお話は、決して余計な事ではありませんでした。」
「寧ろ…とても大事なお話でした。」
「私がお返事をする前に…あのお話を聞けて、本当に良かったと思っています。」



「…綾子に何を聞いたの。」



「まだ…とぼけるのですか?」
「どうしてそこまでして…隠そうとなさるのか分かりませんが…」
「日本に帰って調べればすぐに分かる事ですし…」
「今だけ、一時的に隠す事にそんなに意味があるとは思えません。」



「僕に対して、一時しのぎの嘘を吐いた君に、…そんな事を言われるなんてね。」



「そ、それは…確かに、その…私が言えた義理ではないかも知れませんが…」
「でも…そもそも…こうなったのは…」
「恭弥さんが、許嫁の件を隠していたからではありませんか?」



「…許嫁の、件…」



私の言葉を聞いた恭弥さんが、少しハッとした顔をして…
同時に小さく呟くように声に出す。









…それを見て…
私の中から、一気に何か良く分らない感情が噴き出して来た。



「鷹司綾子さんという素敵な許嫁がいる事を…どうして隠していたのですか?」
「あんなに素晴らしい許嫁が居るのに…」
「私に告白したり…恋人になって欲しいなどと…どうして、そんな事を言ったのですか?」

「お陰で…私は…」
「喜んだり悲しんだり悩んだり泣いたり…もう本当に…散々です。」
「恭弥さんを好きになってしまった気持ちを…どう抑えれば良いのか分からなくて…」
「今、こうしてお話をしていても…正直、辛いのです…。」





…つい、気持ちがが高ぶってしまう。
冷静に話しをしたかったのに…感情的な言葉をぶつけてしまった。


先程から呑んでいるカクテルは
見た目に反してアルコール度数も高い物だったので
…少し酔っているのかもしれない。



(……っ……)



湧き出て来る感情を抑える事が出来ずに
…ポロリと涙が零れてしまった。



本当は…泣くつもりなんて…なかったのに…。

でも、辛いものは…辛い。














[*前へ][次へ#]

22/43ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!