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虹の彼方 188





声の主…恭弥さんが現れたのを見て…
その場に居た人々が、一斉にピシリッ!と敬礼をする。



そして、その中の1人が…
英語で、恭弥さんに向かって…ハキハキとした口調で…


「閣下、お探しの方が無事に見つかり何よりであります!」
「他に何か、我々に御用はございますか。」



「…いや、他にはないよ。」
「君達には世話になったね…大統領にも宜しく伝えておいて。」



「ハッ!畏まりました。では、我々はこれで失礼致します。」


最後にもう一度、全員でビシッと揃った敬礼をして
…彼らは静かにラウンジを去った。







彼らが去って行くのを茫然と見送り
…その後、眼の前に立っている恭弥さんに視線を移す。

今のは…一体、何だったのだろう?


そもそも、どうしてココに…
搭乗客以外は入れない筈の有料会員制ラウンジに、
何故…恭弥さんが居るのだろうか。

それに“大統領にも宜しく”…と恭弥さんは言っていた…
あれって、一体どういう意味なんだろう。



(…………。)



目が覚めて…いきなりの展開に頭がついて行かず
…ボッーとする。

訳が分らないけれど…
私が独りで、こっそり日本に帰国する計画が
ダメになった事だけは…ハッキリ認識した。







茫然としている私を見て、
恭弥さんがスッと手を差し出しつつ…

「…船の出航を待たせているから、なるべく早く戻るよ。」

と声を掛けて来る。


条件反射的に、その手を取り…

「…あ、…はい。」

と返事をすると同時にグッと手を引かれ…ソファーから立ち上がる。




恭弥さんは…
私と手を繋いでいない方の手で、
先ほど買ったトルコのお土産の入った袋と、私の鞄を持つと

「…行くよ。」

とだけ言って、
手を繋いだまま空港内をサッサと移動する。



茫然としつつも、手を引かれ…
あちらこちらで空港内の職員や警備員が敬礼する姿を見つつ歩く。

出国手続きカウンターを、逆流するように移動しても、
何をしても…誰ひとり私達を止める人はいない。

そのまま歩いて空港建物の外に出ると、
黒塗りの立派なリムジンが運転手と共に待っていて
…それに乗せられた。









トルコ人の運転手が運転する高級リムジンが、
豪華クルーズ船が停泊している港に向かって走る。

茫然とした気持ちが、少し落ち着いて来た所で…
隣に座っている恭弥さんに小さく…声を掛ける。



「…あの…どうして、私がいる場所が分ったのですか?」



そう尋ねると…恭弥さんは
自分のスマホを見せつつ操作をして、ある画面を見せる。

そこには…今、正に移動中の私の位置が示されていた。


(スマホの電源は切っているのに…何故?)


私の心の中の疑問に答えるように、
恭弥さんが説明をしてくれる…



「ポルポに誘拐された時の事を教訓にして…」
「その後、念の為に僕と君のスマホを改定させたんだよ。」

「以前のバージョンでは、スマホの電源が切られると、位置確認出来なくなる仕様だったし…」
「電源が入っている時でも…君の位置情報が大雑把に分かるだけの物だった。」

「でも新しいスマホでは…こんな風に、例え電源が切られていても電波を拾えるようになったんだ。」
「これで…リアルタイムに君の正確な位置が分かる。」





「…………。」



そうだったんだ…
イタリアで過ごした最後の夜に、新しく支給されたスマホは…
色々な面でかなり性能を上げたとは聞いていたけれど
まさか、電源を切っていても
位置が分かるようになっていたなんて…。

そう言えば…
何が、どう新しくなったのか
…操作方法以外の、詳しい話までは聞いていなかったな。










そこで、次の質問をしてみる…


「でも、例え場所が分っても…」
「あの有料ラウンジは…トルコ航空を利用する搭乗者しか利用できない場所の筈ですが?」



「僕が中を確認したいと言っているのに…」
「それを拒むような事をする空港が…あるとでも思うのかい。」



「…………。」



…そうか…
恭弥さんにとっては“鬼門”なんて無いに等しいんだ。

世界中何処に行こうが…
恭弥さんの希望が通らない事なんて殆どない
…という事みたい。









「では先ほどの“大統領に宜しく”という言葉は…もしかして…」
「トルコ大統領と連絡を取り合って…私を探していた、という事ですか?」



「…そうだよ。彼とは旧知の仲だしね。」
「快く了承し、空港職員、警察、軍に直ぐに指令を出してくれたんだ。」



「…あの…。私を探す為だけに…そんなに大掛かりな捜索を…?」



「君が、アタテュルク国際空港内にいる事は掴んだけれど…」
「僕が到着するまでの間に、適当な飛行機に乗って移動してしまう可能性もあったからね。」
「君を見つけたら、その場から移動しないように引き留めて欲しいと依頼したんだ。」



「…………。」



空港内で、何だか大勢の視線を感じると思ったのは
…これだったようだ。









そうだったのか…と
ぼんやりしていたら、恭弥さんのスマホの音が鳴る。

画面を見て、相手を確認した恭弥さんが電話に出て
英語で会話を始めた…。



「いや、もう車の中だから…構わないよ。今回は世話になったね…助かったよ。」


「…借りを返した?」


「…あぁ、そうだったね。あの時は、僕が貴方を助けたからね。」


「そう。分かった。…また何かある時には遠慮なく頼むとするよ。」


「…じゃあね。」









静かに電話を切った後…私の方に向かって


「…大統領が、君に宜しくと言っていたよ。」
「近い内に、二人でゆっくり遊びに来て欲しいそうだ。」



「…今の電話…大統領からだったのですか?」
「本当に…個人的に連絡を取り合うような仲なのですね…」



「僕は以前…彼が政権に就く為に協力をしてあげた事もあるし…」
「その後に、幾つかの日本の優良企業を紹介して…」
「トルコのインフラ整備や、経済の活性化の手伝いを間接的にしてあげたんだ。」

「そのお陰で…彼の政権は安泰だとも言える。」
「…だから…僕に、少しだけ恩返しをする事が出来たと喜んでいたよ。」




「…あぁ、それで…借りを返した、と…」



「僕に借りのない国なんて…殆どないけれどね。」



「…そう、なのですか。」










私は、恭弥さんを完全に甘く見ていたようだ…。

そうだった…彼は、こういう人だった。


ポルポに誘拐された私を救う為に、
色々な物を超短時間で用意した時も…

海洋上で移動中の船に給油するという高度な作業が必要だった為、
そこはフランス海軍に出動させたと聞いた。

更に、恭弥さんが乗って来た超高速ヘリと、
船に積んでいた軍用ヘリはイタリア軍の物だったらしい。



つまり必要とあれば…
各国の政府でも軍でも…好きに動かしてしまえるのが…
雲雀恭弥という人である事を
…私は、完全に失念していた。

頭が混乱していた為…そこまで考え付かなかった。





もう聞くまでもなから、わざわざ聞かないけれど…
『船の出航を待たせている』
と言っていたのも…
恭弥さんの一言で、私達が到着するまで
船の出航時間を遅くさせている…という事なんだろう。

乗客には、点検の為とか何とか適当に言っておけば良いだろうし
…恐らく、何でもない事なんだろうな。





(…………)





その後…
順調にクルーズ船が停泊している港に向かって走る車の中で

…私は…一気に脱力感に襲われていた。


ついさっきまで、何とか恭弥さんから逃れて
日本に逃げ帰ろうと必死だったのに
もう、何をしても無駄だという事を思い知らされた感じだ。

どうやっても、何をしても…とても敵うとは思えない。

…もう…素直に観念しよう。









チラリと隣の恭弥さんを見る。

…と、私の視線に気が付いた恭弥さんが、
私の方を見て“何?”という顔をする。


「…私を、探して下さってたんですね。」


と、ポツリと声に出すと…


「あんな状態で居なくなったんだし…心配して当然だろう?」


と、呆れたように言った後に…続けて話をする。






「レストランで待っていたが、あまりに遅いので君の居場所を確認したんだ。」
「そうしたら…まだ化粧室にいたから、ロビーに移動して待つ事にした。」

「ロビーで暫く待っても君が来ないから、もう一度確認したら…まだ化粧室だった。」
「随分と長く…泣いているなとは思ったけれどね…」
「そっとしておいてあげようと思って、そのまま待つ事にしたんだ。」




(……っ……)
「私が泣いていた事を…どうして知っているんですか?」




「今にも泣きそうな顔で、化粧室に行ったんだから…想像はつくよね。」
「今頃は、泣いているんだろうと思っていたから…敢えて…電話もメールもしなかったんだよ。」



「…………。」



何の連絡も無かったのは…
私を見捨てたからではなくて…
泣いているのを察して、
そっとしておこうと思ってくれたからだったようだ。




「その後、暇つぶしの為に雑誌を一冊読んで…もう一度確認したら…」
「何時の間にか君が…アタテュルク国際空港に行っている事が分った。」

「直ぐにタクシーを呼んで、空港まで移動する中で…」
「大統領に電話をし、哲に君の写真データをトルコ政府宛てに送らせて…捜索依頼をしたんだよ。」



「…そうだったのですね。」
「あの、勝手な事をして…色々とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」







その場で、軽く頭を下げて詫びると…


「直ぐに、無事に見つかったし…」
「さっきも逃げなかったからね…この件は不問にしてあげる。」



「でも、あの…こんなに身勝手な事をしたのに…恭弥さんは怒っていないのですか?」



「正直…少々呆れてはいるよ。…でも怒ってはいない。」
「君なりの理由があっての行動だという事は、…理解しているからね。」




やっぱり恭弥さんには…
何もかも含めた私の行動の“真意”の推測が
出来ているのだろうな。








「そんな事より…そろそろ、本当の事を君の口からハッキリ聞きたい。」



真っ直ぐな瞳を向けられて…
一瞬だけ迷ったが…静かにコクンと頷く。

もう、いい加減に…諦めよう。


どうやっても誤魔化せる相手ではないし、
恭弥さんが納得しないまま、
今回の事をウヤムヤにして終わらせるなんて
不可能である事が良く分った。





全てを正直に話した上で…
恭弥さんとはお付き合い出来ない理由について、
納得してもらうように話しをする事にした。

鷹司さんとの事を、正直に言った時に
恭弥さんの反応がどうなるのか…
その点が少し心配だけれど

もう、どうせ隠せないのだろうし、
…後の事は、天に任せてしまおうと決心が付いた。




「クルーズ船に戻って、お夕飯を頂いた後に…全てを正直にお話致します。」



私の言葉を聞いて、
恭弥さんが軽く頷いて了承の意を示した所で
…丁度、車の窓の外に…クルーズ船の姿が見えて来た。













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