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虹の彼方 186




その後は、お互いに無言のまま時が過ぎる。

…私は、俯き加減で甘すぎるデザートを
少しづつ食べていた。




あぁ、心が…痛い。

今にも…涙が零れてしまいそうだ。




こんな事は覚悟していた筈なのに…。

私が嘘を吐き通す事で、
恭弥さんに嫌われるかもしれない…とは思っていた。

いや、寧ろ…
そうなってくれれば、その後がスムーズに行くだろうし
その方が良いと、思っていた。



でも、実際に…
恭弥さんに『もう良い』と言われて、
突き放されてみると…想像以上に辛かった。

明らかにバレバレの嘘を吐いて、全く訂正もしない所か…
更に嘘を重ねた私に
とうとう恭弥さんは、愛想を尽かしたのだ。


嘘を吐いている事に気が付きながらも…
敢えて黙認し、私が真実を話す機会を与えてくれたのに
その好意を無碍にし、裏切るような事をしたのだから当然だよね。

…流石の恭弥さんも…
呆れかえった…という所だろうか。

きっと、失望させてしまっただろうな…。




でも、これは…当然の結果。


そして…私自身が“撒いた種”の結果でもある。





自ら望んで、そうなるように仕向けた結果なのだ。

だから…
本来、喜ぶべき展開なのに…
どうして、私はこんなにも辛いのだろう?



(…………。)



先程から、息苦しい程に、心がズキズキと酷く痛んで
…もう…限界に近い。

このまま、ここに居ては…
恭弥さんの前で泣き出してしまいそうだ。

そんな事をしたら、今までの努力が
何もかも無駄になってしまうかもしれない。

…それだけは…避けなければ…





俯き加減のまま、恭弥さんに小さく声をかける。


「…あの、…デザートが甘すぎたので…」
「少し具合が悪くなって来ました…化粧室に行って少し休んで来ます。」



「…………。」


恭弥さんは無言のまま。

居た堪れない気持ちになりつつ
…素早くバックを持ち、そのレストランから出て
ホテル内にある化粧室に駆け込むようにして行った。







化粧室内に入って、周囲を確認する。

そこそこ広くて適度に区切られており…
半個室状態で、お化粧直しをする事が出来るスペースがある。
座る事が出来るスツールも置かれていた。


一番奥の…一番人目に付きにくい場所に行き、
置かれていたスツールに座った所で
堰を切ったように…ポロリポロリと涙が溢れては零れる。


抑える事の出来ない感情が溢れ…涙が止まらない。




とうとう大好きな人に嫌われてしまった…
という辛い現実を受け入れるには
私はあまりに…
恋の初心者過ぎて、どうすれば良いか分らない。



辛い気持ちを、少しでも外に吐き出さなければ
…私の心が壊れてしまいそうに思える。

私はそのまま…無理に涙を抑えようとはしないで…

泣きたいだけ泣く事にした。




++








どれくらい泣いていたのだろうか?
自分でも良く分らないが…結構な時間が経ったと思う。

…ハッとして…もしかしてたら
恭弥さんから、何か連絡が来ているかもしれない…
と思ってスマホを確認するが、着信もメールも来ていない。

もう、私の事など…どうでも良いのだろうか。

こんなに長い時間、連絡なしのまま戻らなくても…
特に何も思わないという事なのだろうか。

そう考えると…まだ涙が零れそうになる。



(…………。)




その後暫くして、心のままに泣くだけ泣いた事で
…少しだけスッキリしたように感じた。

鏡に向き合い、軽くメイク直しをして…
更に少し心を落ち着かせる。

何度か大きな深呼吸をして
…やっと化粧室を出る覚悟が出来た。






長い時間が経っているので、
もう恭弥さんはレストランを出ているだろう。
そう思って、ホテル内の大きなロビーがある階に向かう。

広いロビーの中を、そっと覗き込むように見回して探したら
…遠くに恭弥さんの姿が見えた。


雑誌のような物を読んで、待っていてくれているようだ。
ロビーの観葉植物の影に隠れるようにして、
愛しい人の姿を、遠くから盗み見るように見つめる。

あんなに泣いたのだし、もう大丈夫だと思ったけれど…
いざ恭弥さんの元に戻ろうとすると
…また辛い気持ちが蘇って来た。




…どうしよう…これでは又、同じ事の繰り返しだ。

涙が出そうになる度に、
何処かの化粧室に飛び込むような事は出来ない。
ホテルを出て、普通に観光地を歩けば
…逃げ込む事の出来る場所を探すだけで大変そうだ。


女優になり切って、大嘘を貫き通すと決めたのに
…なんて情けないのだろう。

恭弥さん相手に、嘘が通じないのは仕方のない事だとしても…
せめて…泣きそうになるのを
堪える事位は出来なくては、とても話にならない。




やっぱり、私は…

どこまで行っても大根役者だな…と自嘲気味に思う。




どんな事を言われても、嘘を…女優を…最後まで演じ切ると、
あれ程に固く決意をした筈なのに…
どうやっても…自分の本心が溢れて来てしまうのだ。

例え、好きな人の為にする演技であっても…
自分の心を偽る演技をするという事は
こんなにも痛みが伴うものだし、辛く苦しい事なんだと
…改めて知った。









少しの間…隠れて恭弥さんの様子を見ていたのだが
…とある決心をした。

一度、化粧室に戻り…
思い出のあるヒバード・ストラップを外して…
断腸の思いで…ゴミ箱に捨てた。

そして同時にスマホの電源を切る。
これで…私の位置情報は分らなくなる筈だ。



本当はスマホも処分すると、
より確実で良いのだろうけれど…
万が一の事があった時や、ボンゴレと連絡を取りたい時に、
全く何も通信手段を持たないのは困ると思って、
仕方なく持っている事にした。

でも見つかりたくはないので…
必要な時だけに使う事にしようと思って、電源を切ったのだ。




欧州に来て直ぐのドイツで草壁さんに…

『完全に電源を切ると電波がかなり微弱になり…』
『特殊な装置でないと、優衣さんの位置情報が追えなくなるので、」
「…24時間、電源は切らないで下さい。』

…と言われた。


しかも、情報収集するのに
…かなり時間がかかると聞いた覚えもある。


今は、風紀財団の部下の方々は日本に帰国していて…
この近辺にはいないので、その微弱電波を拾う事すら無理だ。

という事は…
電源を切ったこのスマホを持っていても、
恭弥さんに私の位置情報はバレない
…という事。







その後…ロビーの反対にあるホテルの裏口から
そっと1人で外に出て…
大勢の人で賑わうイスタンブールの街の中に、足早に消える。


そのまま歩いてタクシーが止っている所まで行き
…少し迷いつつも、思い切って乗り込んだ。



行先を聞かれ…

『アタテュルク国際空港』

と答えると、直ぐにタクシーが走り出す。





もう、これ以上恭弥さんと一緒に行動するのは
…私の精神が、耐えられそうにない。

こんな風に…
逃げてしまうなんて、最低の行為だとは理解しているが…
今の私には、他の選択肢が思い浮かばなかった。


本当は、無理をしてでも
最後まで笑顔で一緒に居たかったのだけれど…
自分で思っていた以上に、私は…弱い人間だったようだ。





タクシーの窓の外から見えるイスタンブールの街並みを見つつ…


大好きな国が、
哀しい別れの舞台になってしまった事を

…とても残念に感じていた。










 

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