[携帯モード] [URL送信]
虹の彼方 183





恭弥さんと二人揃って、無言のままで部屋まで戻り
…ソファーの前で、漸く腕を離して貰えた。


「…座って。」


低い声でソファーに座るように促され…仕方なく腰を下ろす。



恭弥さんは私がソファーに座ったのを確認した後…
部屋の中のミニバーに行き、お酒の用意をしているようだ。
普段なら、お酒の用意を手伝う場面だけれど
…今の私は、その場から動く事が出来なかった。






告白の返事の後、全く追及をされなかった事で…
今日は朝からとても開放的な気分で、すっかりリラックスしていた。
船内で楽しい時を過ごした最後の最後で…まさかの展開。

よりによって…鷹司綾子さんと一緒に居て
話をしている所を恭弥さんに見られてしまうなんて!


勘の良い恭弥さんの事だ
…きっと一瞬で全てを悟ったのではないだろうか?

この後…どんな追及を受ける事になるのかを考えると
…正直、逃げ出したい。



(…………。)



チラリと時計を見ると…
案外まだ早い夜の9時半前くらいの時間だった。



夕飯後の仕事は
『もしかすると深夜時間帯までかかるかもしれない』
と聞いていた為
早くても10時頃…遅ければ11時頃までかかるのだろうと考えていた。

でも実際は9時頃には終わった…という事なのだろうか?






この時間帯では『眠いので…』という言い訳をして逃れる訳にも行かない。
恭弥さんが…お酒を用意しているという事は
『じっくり話を聞かせて貰おうか』
…という意思表示なのだろう。


…どうしよう…。

何と言えば良いのだろうか。




何とか…何とか…
上手く言い逃れをする事は出来ないだろうか…。

『こうなってしまっては、もう全てを白状する以外の道はないのではないか』
…との心の声が大きい一方で

何か上手く誤魔化す方法はないだろうか…
と必死に頭を回転させた。



(…………。)









悶々としている所へ…
恭弥さんがお酒とつまみになるナッツ類とチーズなどを運んで来た。
自分の分として日本酒を…
そして、私用には白ワインを持って来てくれた。

ソファーの隣で、恭弥さんがワインを注ぐ様子や、
自分で自分の杯に日本酒を注いている間も
私は…身体が強張ってしまったように動けずに居た。



用意が出来た所で…
チラリと一度私に視線をくれて、1人で日本酒を呑みだした恭弥さん。

私は、眼の前に置かれたワイングラスを、
ただただ見詰めているだけ。








室内には、とても穏やかな環境音楽が静かに流れていたのだが…
隣の恭弥さんがスッと立ち上がり…選曲を変える。

流れ出したのは…
しっとり落ち着いたジャズ・バーなどで流れるような、
やや軽快なジャズ・ピアノ曲。

ソファーに戻って、再び私の隣に座った恭弥さんは、
…無言のまま杯を空にしていく。




室内の音楽が、少しだけ明るい雰囲気の曲になった事で…
私の身体の強張りが少し解けた気がする。

恭弥さんは、ワインを呑むように強制はして来ないが…
この先、何も話さない訳にはいかないであろう事を考えると、
少々アルコールの力を借りた方が良さそうだ。

そう思って、目の前のワイングラスにそっと手を伸ばした…。




そのまま音楽を聞きつつ、少しチーズを食べワインを少々呑む。
恭弥さんも私も相変わらず無言のまま。

気不味いのは変わらないけれど…
ワインを呑んだ事で、少しだけ…肩の力が抜けた。
こんな時には、アルコールのリラックス効果は有難い。










その後も暫くお互いに無言だったが…
私の超緊張状態が少し解れたのがハッキリ分かるようになった頃
…恭弥さんが、静かに口を開いた。



「出来れば、僕から質問をする形ではなく…」
「君の方から…自主的に話してくれる話を聞きたい。」



(…………。)



恭弥さんが、どこまで勘付いているのか分からない状態で…
自分から全てを白状しろという事らしい。
厳しい詰問が来るのも怖いけれど…これはこれで怖い。

もしかしたら恭弥さんが気が付いていない余計な事まで
話してしまう可能性もあるので
どこまで話して良いものなのか…迷う。



私の方に、じっと視線を向けて来る恭弥さんと
…恐る恐るといった感じで、そっと視線を合わせる。

澄んだ綺麗な瞳が…真っ直ぐに私を見て来る。

特別に責められるような感じではなく
…ただ、真実を知りたい…というように見える眼差し。



(…………。)







一度、視線を外し…俯いて考える。
例え、今の恭弥さんが全てに勘付いていなかったとしても
…全てがバレるのは時間の問題だろう。

そもそも冷静に考えれば…
あの恭弥さんを出し抜いたり、騙したり嘘を吐いたりするのが
そんなに長く“モツ”筈はなかったのだ。

だからこそ…恭弥さんは、
2日間の間は私を追及したりしないで、普通に接して…
何処かで私の
“嘘が綻びる機会”“嘘が露呈する機会”
が来るのを待っていたのかもしれない。



もし今、私が考えている憶測が違っていたとしても…
他の理由で追及されなかったのだとしても…
全てがバレるのは、時間の問題である事だけは…間違いないだろう。

だったら…今、素直に話してしまう方が、まだマシだとも思える。







ただ…その場合、問題が1つある。


ここで、先日の私の返事が嘘であった事を認めて、
その切欠が…
鷹司綾子さんに出逢った事である事を、
ありのままに告げるのだけは…不味いと思う。

先程の、鷹司さんに対する恭弥さんの態度は
…正直、とても冷たく感じる物だった。

自分の許嫁に久しぶりに会ったというのに
…喜ぶ所か、少し怒っているようにすら見えた。

ここで私が下手な言い方をすれば…二人の間に亀裂が生じるかもしれない。





近い内に結婚する事になるのであろう
恭弥さんと鷹司さんの仲が悪くなるような事を言う訳にはいかない。
そんな事になるのだけは避けなければならない…。



でも、その為に…どんな風に言えば良いのだろうか?

無理をして変な作り話しをしたとしても
…恭弥さんが、鷹司さんの側にも同じ事を聞けば
私の話が嘘である事など簡単にバレてしまう。



(…………。)


急な事なので、何をどう話せば良いか迷って
…なかなか話をする事が出来なかった。














[*前へ][次へ#]

16/43ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!