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虹の彼方 182





鷹司さんの分も飲み物を注文した所で、
改めて…声を掛けられる。




「お部屋に籠ってばかりで、少し嫌になったので…」
「久々に外に出てみた所だったのですが…」
「恭弥さんに鉢合わせしなくて…本当に良かったです。」



「…乗船されてた、あの日からずっと…船室にいるのですか?」



「ええ。…基本的には、ずっとお部屋で過ごしておりますわ。」



「お食事は、どうされているのですか?」



「お部屋に持って来て頂ける物を選んで注文しています。」



「…それでは、折角の船旅をあまり楽しめませんね。」



「そうですね。でも…元々、旅行を楽しむ為に参加した訳ではありませんもの。」
「船内で…ゆっくり読みたいと思っていた本などを順番に読んでいます。」
「こんなにゆったりとした時間を持つ事は滅多にございませんし」
「…これはこれで、楽しいものですわ。」



ニコリとしつつ言われたけれど…本当にそうだろうか?

折角、こんなに豪華な設備があるクルーザーに乗り、
しかも数々の魅力的な寄港地にも寄るのに
全く、観光も遊ぶ事もしないで、ひたすら自分の船室で過ごすだけだなんて…

本当は面白くないし、退屈なのではないだろうか?









「…あの…、もし宜しければ…」
「恭弥さんの予定を分かる範囲で、ご連絡しましょうか?」
「予定が分っていれば…もう少し船内の施設も利用出来るのではないかと思うのですが。」


そう、声を掛けてみると…
鷹司さんは、ちょっと驚いたような顔をして…

私の方を少しだけマジマジと見た後に…
ふっと表情を緩めて、ニッコリと微笑みつつ…



「…お気遣い有難うございます。」
「藤宮さんは…とてもお優しい方なのですね。」
「確かにそれなら…少しは船旅を楽しむ事が出来そうですね。」
「ご面倒でなければ…お願いしても宜しいですか?」



「はい。…あ、でも…」
「恭弥さんは気紛れで行動する事も多いので…絶対に大丈夫とは言えませんが…」
「全く何の情報もないよりは良いと思います。」
「もし、急な予定変更があった時は…なるべく急いで連絡するようにしますね。」
「連絡するのは…携帯のメールアドレスで良いですか?」



「…はい。それでお願いします。」



…そして…いざ二人で携帯を取り出して
メールアドレスの交換をしようとした時…









「…誰が…気紛れで行動する事が多いって?」



(…っ!!?…)



私達が並ぶように座っている背後から…
良く知った低い声が響いて来て…
心臓が凍りつきそうな程に…驚いたっ!!



スマホを、丁度カバンから取り出そうとしている…
その姿のまま固まってしまう。

隣の鷹司綾子さんも…完全に動きが止まり、蒼白な顔になった。



一体、何時の間に…私達の背後に来ていたのだろうか?

私はこれでも、そこそこ人の気配には敏感な方だと思っていたけれど
…全く!気が付かなかった。

きっと、完璧に気配を消していたのだろう。









ピタリと動きを止めてしまった私達のテーブルの前に…
回り込むようにゆっくりと移動をして来て

声の主である恭弥さんが…私の方に向かって声を発する。



「僕の行動予定情報を流して…何をするつもり?」



勇気を出して、俯いていた顔を上げ…
恭弥さんの顔をチラ見して、答えにならない答えをする。



「…あの…それは…ええと…」



話をしつつ、チラリと隣を見て見るが…
鷹司さんは、完全に身体を強張らせてしまっており
しっかり下を向いてしまい全く動かない。

全然顔が見えないので、
恭弥さんは、隣の人物が誰であるのか気が付いていないのだろうか?



(…………。)



…どうしよう、困ったな。
少々混乱した頭で、必死に考えを巡らす。

このまま恭弥さんを誤魔化す事など、到底出来るとは思わないが…
だからと言って、私の口から…
隣の人物が誰であるのかを口にして良いものか…迷う。










そのまま、どうして良いか分らずに困っていると
…恭弥さんの視線がスッと隣にも注ぐ。



(…………。)


(…………。)


(…………。)



カフェの椅子に座ったままの私達に対して
…立って、私達を見下ろすようにしている恭弥さん。


…とても気不味い空気…

恭弥さんの鋭い視線が…刺さりそうに痛く感じる。


でも、この場で…
私があまり余計な事を言うのはどうかと思い…ダンマリを決め込んだ。








少し、そのまま無言の状態が続いた後…

意を決したように…
隣の鷹司さんが、ゆっくりと顔を上げた…
…そして…
落ち着いた静かな声で、恭弥さんに声をかける…



「…恭弥さん。…お久しゅうございます。」



「…っ……綾子…?」



「お元気そうで、何よりでございます。」



にっこりとしつつ笑顔で話す鷹司さんに対して
…恭弥さんはとても厳しい顔で…



「…どうして君が、こんな所にいるの。」



「…………。」



恭弥さんの厳しい口調に
…口を閉ざしてしまった鷹司さん。

私も何も言えず…無言のまま見守る。









そんな私達二人を見て、小さく溜息をついた恭弥さんが
…徐に…

「…優衣…部屋に戻るよ。」

と言いつつ、私の腕を持って立ち上がらせようとする。

急な事で少しよろけたけれど
…何とか…その場で立ち上がった。




チラリと隣を見るけれど
…鷹司さんは下を向いて俯いたままの姿勢で動かない。

恭弥さんは少し怒っているような口調だったので
…きっと、何も言えなくなってしまったのではないだろうか。


“このままで良いのだろうか?”
“何か恭弥さんと話さなくて良いの?”

と思うけれど…
混乱している為、何と言えば良いかも分らず…






そのまま、恭弥さんに腕を引かれるまま
…席を離れようとした時に…
小さいけれど…必死さを感じる声がした。


「…恭弥さん、…どうか、お待ち下さい。」
「…わたくし…お話ししたい事がございますっ。」




ハッとして…
立ち止まった私が…鷹司さんの方を見たのに合わせて
恭弥さんもチラリと彼女の方を見たが…


「…………。」


無言のまま…鋭い視線を向けただけ。






そして…

「…優衣…行こう。」

とだけ言って…
困惑する私を、少し強い力でグイッと引いて移動を促す。




半ば無理矢理に腕を引かれつつ…必死に後ろを振り返った時に


その場で、俯いたままの鷹司さんの肩が…

小さく震えているのが見えて…何とも切ない気持ちになった。
















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