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虹の彼方 179





翌朝…何時もより少し早めに目が覚める。

そっとベッドの上で起き上がって部屋の中を見ると…
ソファーで少し窮屈そうに休んでいる恭弥さんの姿が見えた。


…その姿を見て、
昨夜…私が恭弥さんにした事を思い出し、胸がキュッと閉まる。

今は苦しくても、
最終的に恭弥さんに幸せになって頂く為とは言え…
自分で、自分の好きな人を苦しめ悲しませる事を言うなんて…本当に辛い。




(…………。)




いや、ここで…弱気になってはいけない。

最後まで…
この旅行が終わり日本に帰国するまで、別れの場面まで
…この演技を貫き通さなければ!

改めて、心の中で決意をしつつ

…もう一方の心の中では…
(…恭弥さん…本当に…すみません…)と謝る自分が居た。







起きて自分の着替えを済ませた頃に、
恭弥さんも目を覚まし、
何時もと同じようにさっさと起床後の準備をする。

そして、昨夜の事など何も無かったかのように…

「今日は、どこで朝食を食べようか?」

…と聞いて来た。



あまりに“何時も通り”である事に…
少したじろぎつつも…私も必死に平静を装い返事をする。



「…あ、ええと…今まで行っていないレストランが良いです。」
「例えば…中華レストランの、おかゆの朝食などはどうでしょうか?」



「あぁ、そう言えば中華には一度も行ってないな。…じゃあ、行ってみようか。」



この旅行中に、何度も見せてくれた穏やかな笑顔で言われ
逆にどう反応して良いのか戸惑いを覚えつつ…
一緒に朝食に行く。









その後の、移動中も朝食の間も…普段と全く変わらない。
昨夜の事で、更に何かを尋ねられるような事も一切なかった。

…まさか…
昨夜の話だけで…本当に納得してくれたのだろうか?

恭弥さんの性格上、
そんなに簡単には行かないだろうと思っていたので
…まるで狐に化かされている気になる。



…それとも…
最後の…トラウマの話と骸さんの名前を出した事が“効きすぎた”のだろうか?
恭弥さんからの、執拗な追求をかわす為に言った事だけれど…
“効果抜群だった”という事だろうか?

チラチラと恭弥さんを観察するけれど…
“本音が何処にあるのか”は…全く分らなかった。








でも、取り敢えず…私としては大助かりでホッとしたのも事実だ。

本当は、朝からずっと1日中
追及というか…尋問に近い感じで問い詰められるのではないかと
密かに怖れていたので…心からホッとした。



食事の最後に…

「…優衣…昼前までの間に少し仕事をしたいけれど…構わないかい?」

…と聞かれる。



恭弥さんが仕事で忙しいという事は、
今の私には有難い状況なので、喜んで答える。


「…はい、勿論…大丈夫です。」
「何か面白そうな映画でも見て来ようと思います。」



「…そう。…悪いね。」



「いえ、お仕事を優先するのは当然の事ですので。」



「午後からは時間を空けるから…何をしたいか考えておいて。」



「…はい。分かりました。」










その場で別れ…私は映画館に向かう。
特に観たい映画を上映していた訳ではない。
…単純に時間を潰す為だけの物だ。

今の心境では、読書をしようとしても
…どうせ、読み進む事は出来ないだろう。

何か身体を動かすようなスポーツをしようとしても…
気が付いたら止まっていそうだ。
だから…
ただ座っているだけで良い映画を選んだというだけの理由だった。



映画の上映時間まで30分程あったが
…ボンヤリと椅子に座り今後の事を考える。

そのまま映画が始まっても…
ただぼんやりと流れる映像を眺めているだけで、
…内容は、全く頭に入って来なかった。





恭弥さんにNOの返事をする前は…
『恭弥さんの側が納得できるだけの話し合いの時間を確保するべきだ』
と思っていた。

『日本に帰国するまでに、恭弥さんの気持ちをスッキリさせてあげるべきだ』
と思っていたからこそ、昨夜の内に話をしたのだけれど…
イザ話をしてみると…やっぱり、追及が来るのが怖い。

あんなに決意したつもりだったのに…ね…。




恭弥さんの…
あの…透き通る真っ直ぐで真摯な瞳を真正面から向けられると…
嘘を吐くのが苦しくなり…真実が口から出そうになる。

私は…あの眼差しに…とても弱いという自覚がある。






この後…
昼食の後の過ごし方を考えておくように言われたけれど…どうしよう。
特に、何かしたい事がある訳ではない。

でも何かをしていなければ…
『昨夜の事でゆっくり話をしよう』という流れになっても困る。
そんな会話になり難いような事で
…何とか、時間を使える所はないだろか。


(…………。)


色々と考えを巡らせた結果…カジノに誘ってみる事にした。
カジノでワイワイ遊べば、少しは気も紛れるような気がするし…
恭弥さんが昨夜の続きの追及をしたくても、
雰囲気的に誤魔化せそうに思える。

ただ…人が多いので、恭弥さんは嫌がるかもしれない。











お昼の約束していた時間に一度部屋に戻り…
恭弥さんと一緒にランチを食べた後は
カジノに行ってみたいと申し出ててみたら、
嫌がる事なくアッサリ了承してくれて、一緒にカジノに向かった。

モナコでは全く興味を示さなかったのに…
『カジノに行きたい』と言った事についてのツッコミもなかった。





恭弥さんに『カジノに来るのは初めて』である事を告げると…
初心者でも簡単に出来るスロットやバカラやルーレットの説明を簡単にしつつ、
実際に自分でやって見せてくれて
…それを真似して、ぎこちなく私もやって見る。

何にでもコツがある…という事で
恭弥さん流のコツを聞いてやってみるが、そう簡単には勝てない。
勝ったり負けたりの繰り返しで、トータルで見ればほんの少しだけ勝てる位。



一方、恭弥さんは…
数回までは、私と同じ感じの勝ったり負けたりだったのに…
途中から『勝負勘が良くなってきた』とかで…圧倒的に勝つ事が多くなった。

特にルーレットでは、誰よりも圧倒的に強い。
ディーラーと結託したイカサマではないだろうか?と疑われても仕方がない程だが
恭弥さんの勝負強さに少し焦っている様子のディーラーを見れば
…それは無い事は明らかだ。





見る見るチップが山になって行く様子に…思わず…


「…すごい、ですね…」


と呟くように言うと、何でもない事のように


「勝負事に負けるのは嫌いなんだ。例え、それが…遊びであってもね。」






…と、何とも恭弥さんらしい一言に苦笑が漏れる。

そんな私の方をチラリと見つつ…



「…それに…僕は、元々勘も良いしね。」



(……っ!……)



直ぐにルーレットの方に視線を戻した恭弥さんの横顔を見つつ…
今の言葉が“私向け”の言葉のように感じてしまい
…少しドキドキしている心臓の辺りを抑える。

ごく普通に接してくれているようだけれど…
普通にカジノで遊んでいるだけに見えるけれど…
もしかしたら、私はずっと観察されているのかもしれない。




先程の恭弥さんの言葉は…

『君が嘘を吐いている事なんて、お見通しだよ』

という意味にも聞こえた。






(…………。)




恭弥さんが何を考えているか、私には分らない。
警戒をするあまり…少し過剰反応をしているだけ、かもしれない。
…でも、取り敢えず…
少し前まで“追及されなくて助かった”と思っていたけれど
…単純に安心するのは早そうだ。



今後も、念の為…慎重に行動する事にしよう。














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あきゅろす。
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