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虹の彼方 177





部屋の中では…
ゆったりしたクラシック音楽が、BGMとして静かに流れており
…航海は穏やかで、船の揺れも殆どなく快適。



周囲の環境の穏やかさとは真逆の…
緊張状態の私は…やや、ぎこちなく移動し
恭弥さんの向かいのソファーに静かに腰を下ろした後
…少し、ワインを呑む事にした。

少し酔ってしまい、その勢いを利用しないと…
“返事を出来そうにない”と思って、何時もより早いペースで呑んだ。


そんな私を見ても、恭弥さんは特に何も言わず…
自分は日本酒を軽く飲みつつ
私が口を開くのを、静かに只待っていてくれていた。







必死に冷静を装いつつ…
数杯ワインを呑んで、軽い酔いを感じるようになった所で

やっと、…勇気を出して…口を開く。




「…あの…遠回しに言うのも何ですし…」
「思い切って…単刀直入に、言わせて頂きます。」
「先日の、恭弥さんのお話への…私からのお返事は…NO、です。」




(……!っ……)



一瞬で、穏やかだった部屋の空気が変わる。
まるで気温が…数度下がったかのように、感じる。

…でも、ここで怯んではダメ!
立ち止まっては、ダメ!


そう思って、恭弥さんが口を開く前に
…必死に続きを話す。



「恭弥さんからの告白は…」
「とても有難いと思いましたし…心の底から嬉しいと思いました。」

「けれども…私は、恭弥さんとお付き合いする事は出来ません。…恋人にもなれません。」
「…こんなお返事で…申し訳ありません。」



無言で私を見ている恭弥さんに向かって…
ソファーに座ったまま頭を下げた。







私が頭を上げ、恭弥さんの方に視線を戻すと…
じっと、私の方を見ていた視線を外す事なく

とても静かな低い声で…


「…理由を、聞かせて貰えるかい?」


当然、聞かれるであろう質問が来た。
あらかじめ用意していた台詞を…平静を装いつつ必死に話す。







「私は、恭弥さんの事が好きだと自分で自覚していました。」
「でも先日、告白された時に…自分の中で、何かが引っ掛かったんです。」

「それで…今まで…その引っ掛かりの正体を、探ろうと色々と考え込んでいたのですが」
「小説を読んだ中にヒントがあって…やっと自分の本当の気持ちが、分かったんです。」




「…君の、本当の気持ち?」




「…はい。私は…本当に心から恭弥さんの事が好きだったのではなくて」
「…その、一種の名誉心みたいな物で…」
「高級ジュエリーを欲しがるのと同じような感じで…」
「恭弥さんの事を“気に入っていただけ”だと…気が付いたんです。」

「最高級品のジュエリーを身に付けると…」
「自分の価値が上がるように、錯覚するのと同じ気持ちです。」




「僕に対する気持ちが…」
「高価なジュエリーを手に入れたい…というような物だったと…」
「…そう言うのかい?」




「はい、そうです。」
「恭弥さん程の、見栄えの良い素敵な男性が隣に居てくれると」
「…私の格も上がるように感じるんです。」

「そして…私の自信のなさを上手くカバーしてくれる、便利な存在だと思っていたんです。」










「…君の言っている事が、良く分らないな。」




「あの…ええと…」
「恭弥さんと一緒にいると、何時でも何でも上手くフォローして下さるので…」
「私自身の本当のスペックは…」
「そんなに高くないのに…高スペックに見えてしまうという意味です。」

「例えば、ダンスの時が良い例だと思います。」
「私は、それ程ダンスは得意ではありませんが、恭弥さんと踊ると」
「…すごく上手に見えてしまいます。」




(…………。)




「つまり…私が実際以上に素晴らしく見えるというか…格が上がるというか…」
「周りの人達に高スペックな人だと勘違いして貰えるので…私は、とても優越感に浸れるんです。」
「だから、すごく便利で…」
「手放したくないと思っていたのを…好きになったと勘違いしていたようなのです。」




(…………。)









恭弥さんは、私の真意を探るように
…真正面から、じっーと私を見据えている。


演技を…嘘を…簡単に見破られてそうで…怖い。

でも、例えズバリ見抜かれたとしても…
シラを切り通すと決めたのだから、最後までやるしかない。




自分を落ち着かせるように、小さく深呼吸をした後
…再び口を開く。



「その事に気が付いてしまったので…」
「恭弥さんの事を…本当に好きだった訳ではない事に気が付いたので…」
「お付き合いも出来ないし、勿論…恋人にもなれません。」



少々、キッパリとした言い方で話しをしつつ
…とても強い視線を向けて来る恭弥さんに負けないように
私も強い決意を持って…恭弥さんを見つめ返した。








…そして…

「こんな失礼な事を思っていた事を…恥じています。」
「これから私は…恭弥さんの支援がなくても、それなりに見えるように…」
「もう少しスペックの高い人間になれるように…努力して頑張りたいと思います。」





私の言葉を聞いた恭弥さんが…静かに口を開く。


「正直、僕の目には…君が本当の事を言っているようには見えない。」

「どうして、そんな嘘を吐くのか知らないけれどね…。」
「…まぁ…仮に、百歩譲って、それが本当の気持ちだったとしても…」
「そこまで僕の事を買ってくれているのなら…」
「これからも僕の傍で、自分磨きをすれば良いと思わないかい?」
「そうすれば、色々とアドバイスをしてあげる事も出来るしね。」







…やっぱり…
恭弥さんには嘘を吐いている事はお見通しのようだ。

そうだよね…私程度で恭弥さんを騙せる訳がないよね。


でも、ここで動揺する姿を見せてはダメ。
あくまで冷静な態度を崩してはダメ。

平然と答えるのよ…!





こうなれば…
嘘が真実に見えるまで…嘘を吐き通すしかない。



……さぁ、女優になれっ!!







「私は、恭弥さんと一緒にいると…どうしても色々と頼り過ぎてしまいます。」
「本当に私が成長する為にも…恭弥さんの傍にいない方が、自力で頑張れると思うんです。」
「このまま自分を甘やかさない為にも、その方が良いと思いました。」




「…あまり説得力のない言葉だね。」
「無理矢理、僕と付き合えない理由を並べているようにしか聞こえないな。」




「…そうですか。では、本当は言いたくなかったのですが…」
「言わないと、納得して頂けないようですので…」

「あの…お断わりする理由の…先ほどの理由以外の…」
「一番の“本音の部分”をハッキリと申し上げても…宜しいですか?」






恭弥さんは…私の言葉を訝(いぶか)しげに聞きつつ…


「…話してみて。」


と、ひとこと低い声。










少しだけ間をあけて…
言い難そうに、言葉に出すのが辛そうに…ゆっくりと話をする。



「…私は…恭弥さんが色々な才能がある上に…更に影で努力を重ねる所などは…」
「とても尊敬していますし…憧れでもあります。」
「…その上…」
「努力の結果、何でも出来て…所作も美しく…心底、素敵な方だと思っています。」

「でも…戦闘狂、バトルマニアである所だけは…正直怖いのです。」

「イタリアで、ポルポに攫われた時に助けに来て下さった時の…戦闘の場面も…」
「…怖くて、思わず目を背けたくなりました。」
「その恐怖心を必死に抑えて、表に出さないように努力していましたが…」
「…実は、今でも…思い出すと……怖くなるんです。」





(……っ……。)


恭弥さんの表情が少し変わり…黙り込む。









「今までの…お仕事としての関わりではなくて…」
「正式に、恋人としてお付き合いしたいかと問われると…」
「…心の奥に仕舞い込んでいた、恐怖心が出て来てしまって…」
「あの時の事を思い出してしまって……嫌だと、怖いと、…思ってしまったんです。」





(…………。)








…案の定…
“実は、恭弥さんの事が怖い”…という話をしたら、完全に黙ってしまった。

恐らくは、恭弥さんの中にある…小さな小さな不安…
今回の返答を待つ上での唯一の心配が、ココだったのではないだろうか?

恭弥さんの中には…
『普段の自分は怖がられていないが…』
『もしかすると…戦闘場面の自分は、怖いと思うかもしれない』
…という小さな不安があるのではないかと…
推測を付けたからこその…敢えての言葉。



我ながら…酷い事をしていると思う。



でも、私は…

…これより更に、もっと…


……酷い事を、今から……恭弥さんに言うつもりだ。
















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あきゅろす。
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