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虹の彼方 175




……ッ……


…頬…くすぐったい…。


………まだ、…眠いから……起さ、ないで…。




……っ……

…今度は……額…?




…ん?…なにか…聞こえ…る…?




…熱は、ない?

……どうして…そんな事を、言うの…?





(…………。)





ぼんやりとした霞の向こうから
誰かの声が、聞こえるように感じたけれど…

…とても、聞き覚えのある声…のような気がする。




(…………。)



「…優衣…。…大丈夫かい?」



(…………。)


…ん?

…あれ…今…
恭弥さんの声が聞こえたような気がする?



「…優衣。…起きて。」



…!…。

やっぱり!恭弥さんの声だ!



そう思った途端…
遠い所で彷徨っているように感じていた
私の意識がハッキリする。



そして…目を開けると…

(…っ!…)

心配そうな顔で、私を覗き込んでいる
恭弥さんの顔がドアップで見えて…少し、慌てる。






眼を覚ました私を見て…


「おはよう。やっと目を覚ましたね。」



「…あっ…おはよう、ございます…。」



「こんな時間まで君が起きないなんて珍しいね…どうしたの。」



…え?…こんな時間?
と疑問に思いつつ…時計を見て驚く。

もう9時近いっ!



急いで起き上がり…

「…す、すみません!こんなに寝坊してしまって!」



「朝、起しに来たら“まだ眠いので寝かせて下さい”と言うから」
「そのまま寝かせていたんだし…僕は別に迷惑はしてないし構わないよ。」



「……え…、一度、起して下さったのですか?」



「覚えていないのかい?」



「……はい…。」



「余程眠たかったようだね。…昨夜、眠れなかった?…それとも体調でも悪いの?」



「…あ、ええと…少し寝付きが悪かっただけです。」
「体調は大丈夫です。…ご心配を掛けてすみません。」







昨夜は、あまりにグルグルと色々な事を考えすぎて、
頭が完全に冴えてしまって眠れなかった。

にしても、二度も起されるまで起きないなんて!
我ながら、酷い朝寝坊だ…。


「…ふぅん…」


少しだけ、探るような目を向けられて
…内心でドキドキする。

けれど、特に追及はしないで
…私の頭に手をポンと乗せて来て…



「単に寝不足なだけなら良かった。」
「もうすぐ次の寄港地であるナポリに着くけれど、観光には行けそうかい?」

と、優しく言ってくれる。


「はい、大丈夫です。」

そう答えて…
その後、急いで身支度を済ませ、
恭弥さんと一緒にレストランに行き、私は、遅い朝食を頂き
…恭弥さんは珈琲を一杯飲んで、再び部屋に戻った後…

ナポリ観光の用意をして、
他の人達より少し遅れて下船した。









イタリアの有名な観光地の1つであるナポリには、
1度、両親に連れられて来た事がある。

ボンゴレ傘下のマフィアの拠点がある関係で、
ツナやリボーンと一緒に、少しだけ寄った事もある。


少々治安は悪いし、ツアーなど以外で
個人的に歩く時は、場所も選ばないといけない町だけれど…
でもナポリは見所が多い所だし、
人懐っこい人達も多くて、
治安の問題さえなければ…割と好きな街のひとつだ。



実は、ナポリ歴史地区や、スパッカナポリなどの、
歴史的価値のある旧市街は、行ってみたいと思いつつ、
両親と一緒の時は“危険だから!町中にスリがいるから!”と
ガイドさんに止められ、
宿泊したホテルでも注意をされた為、行く事を断念した場所だ。

でも、今回は…
恭弥さんが一緒なのだし、もしかしたら連れて行って貰えるかもしれない…
そう思って、昨夜…

『出来れば…旧市街などの散策をしたいのですが。』

と、少し遠慮がちに言ってみたら…アッサリと


『…良いよ。ゆっくり歩いてみようか。』

と、何でもない事にように言ってくれた。



どんな町なのかは当然知っているとは思うけれど
…それを気にする素振りは全くなかった。







そして…実際に、恭弥さんと一緒に歩いてみると…
“あぁ…成程…これはガイドさんやホテル側が止めるのも無理はない”
という雰囲気の街だった。

特に、一本細い道を入ると目つきの悪い
…獲物を狙う目をした人々が其処ら中にいる。
大人も…子供までもが同じような目をしていて少し哀しくなる。

それに、予想以上にゴミが多く…その点は、とても残念だった。





彼らは、最初…遠くの方から東洋系の二人が無防備に、
危険地帯を歩いて来るのを見て驚くと同時に…ニヤリとするのだけれど

ある程度近くなった所で、
恭弥さんの何とも表現のしようのないオーラを感じ、
…顔つきが変わる。

単なる殺気とも少し違う、
とても威圧感のある圧倒的なオーラに気圧されて…
ある者は怯え、ある者はその場で動けなくなり、蒼褪める。



私達が近づくのに合わせ…道を開けるように無言で移動する人々。
“こいつは一体、何者なんだ?”
という視線が…四方八方から飛んで来て刺さるようだ。

“蛇の道は蛇”…という事だろうか?

恐らく、言葉を交わさなくても、そのオーラで…
恭弥さんが尋常な相手ではない事を敏感に感じたのだろう。

治安維持の為にパトロール中の警官や、
ごく普通の市民に見える人までもが
…無言で道を譲ってくれる程だった。



私と一緒の散策の為に…
普段の恭弥さんの纏っている、鋭すぎるオーラとは少し違う種類の
敢えて誰にでも分かり易い類の
“痛い目に合いたくないなら僕達に構うなオーラ”
…とでも表現できる物を出してくれたようだ。








けれど折角…以前から行きたいと思っていた街を散策し、
美味しい物を食べても、
ショッピングをしても…昨夜のモヤモヤはなくならない。
“どんな風に返事をするべきか”という悩みが無くなった訳ではない。



それに…こうして恭弥さんと一緒に居ると、
改めて…私はこの人の事が好きなんだな、と再確認する。

優しくエスコートをしてくれたり、少し危険がありそうな場所の時には
ちゃんと気遣ってくれているのがハッキリと分かるし…

私が好きそうなお土産品を見つけたら、声を掛けてくれたり…
疲れた頃を見計らって休憩も入れてくれる。


そして…ふと気が付くと…
透き通る美しい灰蒼色の瞳が、
とても優しい眼差しを向けてくれている事が度々ある。




昨夜…恭弥さんの申し出を断る決意をした事で…
許嫁がいる以上、
お断りする以外の他の選択肢はない事がハッキリした事で…
皮肉な事に、余計に…
自分の気持ちを、再確認する結果になってしまっていた。








無理に笑顔を作り観光をしたが…
内心では時々泣きそうになりそうに辛く感じる事があった。

両想いなのに…私達は恋人になる事は出来ない。



それが分かった今では、
オーストリアで返事をしなくて良かった、と心底思う。
だって、あの時に直ぐにOKの返事をしていたら
…きっと、もっと辛い思いをする事になっただろう。

今だって、十分に辛いし哀しいけれど…。
心が痛く感じるけれど…。

でも、まだ正式に恋人ではない分、少しだけマシなのではないだろうか?




(…………。)




そんな風に考えるのは…
少しでも、この辛い気持ちを和らげようとしているからだと
自分でも理解している。
少しでも痛みを感じないように、
必死に考えを巡らしているから…こんな事が頭に浮かぶのだろう。


報われない恋の苦しさを書いた本も、何度か読んだ事があったけれど…
自分が実際に経験してみると
…想像していたよりも遥かに辛い物だった。

苦しくて苦しくて…
胸に見えないナイフを突きつけられたようだ。




ナポリの明るい陽光の下を歩いているのに
…私の心の中は、今にも雨が降りそうな曇天の暗さ。

恭弥さんの笑顔が向けられる度に
…何かが引き裂かれるような苦しさを密かに感じていた。









こんな状態で、あと8日間も恭弥さんと一緒にいる事に
…私は耐えられるだろうか。


クルーズ・ツアーの途中で、お断りの返事をしたとして…
その後ツアーの最後まで苦しい胸の内をに秘めたまま…
勘の良い恭弥さんからの
『本当の事を言うように』という圧力に耐えつつ過ごすのは…大変そうだ。

恭弥さん相手に…鷹司綾子さんの事を
隠したまま過ごすのは…少々厳しいのではないだろうか。



途中ではなく、何とかツアーの最後までこの想いを隠したまま
何食わぬ顔で一緒に過ごして…
最後の最後にNOの返事をして、そのままの勢いで日本に帰国する…
という手もあるけれど…それはそれで…厳しい気がする。

私が“何かを隠している”…という事に、
気が付かれないように最後まで演技を出来る自信がない。



かといって…何も告げずに…
つまり、返事をしないまま
…クルーズ・ツアーの途中で船を降りて1人で日本に帰国する…
というような事を実行するのも、少し無理がありそうだ。

恭弥さんに気が付かれないようにして、
1人で船を降りるのは…大変に難しそうだ。








ツアー途中で言っても、結果ダメそう。

ツアーの最後まで演技するのもダメそう。

こっそり逃げるような事…つまり返事をしないのもダメそう。



…どれを選んだとしても、上手く行きそうな気がしない。



でも、他に選べる選択肢を思い付かない。
となると、この中から少しでもマシそうな選択をするしかない…だろうか。



(…………。)














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