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虹の彼方 172





……え……。




…い、許嫁…?






ええと…つまり…婚約者って事、よね…?








小学生でも分かるような事を、頭の中で確認する程…
一瞬で…頭が真っ白になった。



…恭弥さんに…許嫁がいるなんて…



……そんな事……一度も聞いた事がない。









今までの旅行期間中…
親密な関係の女性と連絡を取り合っているような
素振りは、全く無かった…


そ、それに…何より…

つい先日…
恭弥さんは、私の事が好きだと…告白をしてくれた。

だから…許嫁がいるなんて…考えもしなかった。
当然、そんな女性はいないものだと思い込んでいた。






大混乱して…全く言葉が出て来ない。

でも、頭の中では色々な事が…怒涛の如く…巡っていた。



(…………。)


何も言わない私を見て
…その女性…鷹司綾子さんが…再び口を開く。






「随分と驚いておられますが…」
「恭弥さんから…わたくしの事を聞かれた事はなかったのでしょうか?」



「…はい。恭弥さんに許嫁がいらっしゃるなんて…初めて伺いました。」



「…やはり、そうでしたか。」
「恭弥さんは…プライベートな事は、あまりお話になりませんものね。」
「…わたくしと恭弥さんは、幼馴染でもありますの。」
「将来、結婚するというお話は…両家の間で、わたくしが幼い時から決まっておりましたのよ。」



「…そう、なんですか…」


つまり、家(親)同士でで決めた婚約という事なのだろう。
鷹司家も、雲雀家も…
どちらも格式の高い名家だと聞いている。

きっと、代々…
家同士のお付き合いがあるような関係なのだろうな。









「それで…今回、恭弥さんと同行している女性がいらっしゃる事を耳に致しまして…」
「一度、その女性にお会いして…お話をしておきたいと思いました。」
「ですから…わざわざ…このツアーに途中から参加させて頂きましたの。」



(…………)


私と話をする為に…
クルーズ・ツアーの途中から、わざわざ乗船して来たなんて…
見掛けによらず、行動的な方のようだ。



「そこまでして私とお話したかったのは、どうしてですか?」


そう尋ねると…
一度、何かを考える素振りをして少し間を置いてから…








「…恭弥さんは、とても素敵な方でしょう?」
「ですので…昔から、恭弥さんに恋い焦がれる女性達が大勢おりました。」



(…………。)

やっぱり…そうなんだな、と思いつつ聞く。





「けれども…基本的に恭弥さんは、何時も女性を近づけるような事はなさいませんでした。」
「それが、恭弥さんのスタイルで…何年間も変わりませんでしたの。」
「風紀財団にも…余程の理由がある場合を除き、女性は入れておられませんしね。」



確かに…風紀財団には女性は数名しか居ないと聞く。
どの人も、特別な技能があり…
“特殊な才能があり役立つ人材だから”特別に財団員にしたらしいと
誰かに聞いた覚えがある。







「勝手ながら、わたくしは…」
「それは…恭弥さんが、わたくしに気を遣って下さっているのだと…そう解釈致しまして…。」
「内心、とても嬉しく感じておりました。」


もし、それが本当なら…
許嫁として嬉しく思う気持ちは…良く分かる。




「けれども、今回…お仕事の為に必要であるとはいえ…女性をお連れになっていらっしゃる事を聞いて」
「一瞬、頭が真っ白になりました。」


…それは、さっきの私の状態と同じだ。

私も驚き過ぎて…頭が真っ白になった。

今でもまだ…混乱中だけれど。






「けれども…気持ちが落ち着いた後は…わたくしは恭弥さんの事を信じる決意を致しましたの。」
「お仕事に必要な事だから…特別なケースなのだろうと受け入れました。」

「そして、同時に…同行している方の事が心配になり、一度お話したいと思ったのですわ。」




(…?…)

「…私の、何が心配になったのですか…?」


と尋ねると…真剣な眼差しのまま…








「先ほども少し申し上げましたが…恭弥さんは、とても素敵な殿方ですわ。」
「ですので…その方が、恭弥さんに恋をする可能性があるかもしれないと思いましたの。」



(……っ…)

正に…ドンピシャリ。

私は、今では…すっかり恭弥さんの魅力の虜になり
…恋する乙女になってしまった。






「好きになるだけでしたら…今までも大勢の方が恭弥さんに恋をした事だと思います。」
「でも、今回は少し事情が違います。」

「今までは、幾ら相手の方が恋をしようとも…恭弥さんはお相手にもなさらなかった…」
「けれど今回の旅行では、恋人兼婚約者の役をするのですから…当然、恭弥さんの態度が優しいでしょう?」
「つまり…お仕事の為に、それなりの態度と取っておられると思うのです。」



そこまで話して…少し探るようにじっーと見られる。

鷹司綾子さんの、視線の強さに
…口を開かずには…いられなくなり…



「…そうですね。」
「確かに、恭弥さんは…とても紳士で、とても優しく…接して下さっています。」








それを聞いて…

「…やはり、そうですのね。」

と言って、小さく溜息をついた後に…




「そんな態度をされると…誤解が大きくなるでしょう?」



「…誤解、ですか?」



「ええ、そう…勘違いとも言えますけれども。」
「恭弥さんが“本当に自分の事を好きなのではないか”という…」
「勘違いをさせてしまう可能性が…大きくなると思って心配しましたの。」



(…っ!!…)

正直…聞きたくなかった言葉だった…






「もし、同行している方が…誤解をされると、お気の毒だと思ったので、」
「…出来るだけ早めに、お話ししたいと思っておりましたのよ。」



「…………。」


図星状態なので…何も言葉が出て来ない。



そんな私に構う事なく…
鷹司綾子さんは、ゆっくりとした口調で言葉を続ける。




「けれども、つい先日までは…」
「お仕事が大変に緊迫している場面が続いていると、知らせを受けておりましたので…」
「お仕事の邪魔をしては申し訳ないと思って…遠慮しておりました。」

「先頃やっと…ひと段落ついた所だと連絡を受けましたので…急遽、日本から駆け付けたのですわ。」


とても優雅にニコリと微笑みつつ言われたけれど
…もう、後の祭り状態の私は
気の利いた返答を思い付かず…茫然と聞くのみだった。









その後…鷹司綾子さんは…
昔の恭弥さんとの思い出話をしたりして…
如何に自分達が、幼い頃から良く知った仲であるか…を滔々とお話した。

一通り、話が終わって…私の様子をふと見て…


「あっ…。わたくしったら、ひとりでお話してしまって…ごめんなさい。」


おしゃべりし過ぎた事を、シュンとしつつ謝って来た。



「…あ、いいえ…。恭弥さんの小さい頃のお話を聞けて、楽しかったです。」



「それでしたら…良かったですわ。」
「あぁ、でも…もう、こんな時間ですわね。」
「こんなに長い時間お引止めして…ごめんなさいね。」



「今日の恭弥さんは、仕事の連絡などが忙しいみたいなので…」
「邪魔をしないように、別の場所で…なるべくゆっくりとしようと思っていたので、大丈夫です」



「恭弥さんのお仕事の為に、気を遣って下さっているのですね。」
「わたくしからも…お礼を申し上げますわ。」



「いえ、そんな…お礼なんて。……これは、仕事の一環ですし。」


自分で仕事だと言いつつ…
実は内心では、泣きそうな苦しさを感じていた…








「そうですわよね。お仕事なんですものね。」

少し頷いて聞いた後に…



「日本に帰国致しましたら…これからは、わたくしが恭弥さんをお支え致しますので…」
「後少しの期間ですが…どうか恭弥さんの事をお願い致しますわね。」


にっこりと微笑みつつ、軽く頭を下げられて…


「…あ…はい…」

と何とも曖昧な返事を返す。






許嫁の余裕というか…
自信のような物を感じ、それ以上は言葉が出なかった。

その後、お別れのご挨拶をし…



「また機会があったら、お話致しましょうね。」


と、ニッコリと明るく言って…彼女は去って行った。
















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あきゅろす。
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