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虹の彼方 165





私の方を…
穏やかで美しい瞳で真っ直ぐに見ている恭弥さんが、口を開く。



「先ず最初に…先程の件だけれど…」

「優衣は、大根役者のままで良いというのは…僕の本心だ。」
「さっき言ったように、それこそが…君の最大の取り柄のひとつでもあるしね。」

「君は、嘘を吐かない。」
「…というよりは、寧ろ嘘を吐く事が出来ない。他人を騙す内容を考え付かないレベルだ。」

「それ程に純心で、無垢なる物を無邪気に…その心に持ったままの女(ひと)だ。」
「僕は、そんな君の事をとても気に入っているんだ。」




「でも今回、君は恋をして…」
「その結果、恐らく生まれて初めて、自分で自分を欺くような事をしたんだろう。」

「始めて恋を経験する事で…」
「どう自分の気持ちを受け止めれば良いか、分らない気持ちを抱えたまま…」
「同時に、僕と一緒の特殊な仕事にも関わる事で…」
「君の余裕がなくなっている事には…早くから気が付いていたよ。」


「出発前の計画の段階で…」
「君に余裕がなくなり、混乱させてしまう事は想定内だったけれど…僕は、計画を強行した。」





「先ほど、君は…僕に酷い事をしたと謝罪をしてくれたけれど…」
「そうなるような環境に、わざわざ君を置いたのは…僕なんだ。」
「だから、半分は僕のせいでもあると思っている。」

「一気に、あれもこれも…何もかもが押し寄せてくるような感覚に襲われて…」
「君は、いっぱいいっぱいになり消化不良になってしまっていた。」

「自分で仕向けた事であるとは言え…」
「予想以上に苦しそうな優衣を傍で見ていて…内心で申し訳なく思っていた。」


「少々、強引過ぎたと思っている。長い期間、苦しい思いをさせて…悪かったね。」







恭弥さんの話を聞いて…
黙って、ゆっくりと…首を横に振る。


「…恭弥さんの責任ではありません。」
「私が、未熟であるのが一番の問題だと思います。」




私が混乱する状況になる切欠は、
確かに恭弥さんの立てた計画だったのかも知れない。

でも…そんな環境であっても、
もしかして、私よりもっと心の強い人であったなら…
私程には、混乱しないで上手く自分の心をコントロール出来たかもしれない。


私が混乱し、心の制御を出来なかったのは、
私自身の心の技量が十分でなかった為であり…
恭弥さんの責任ではない。

自分の気持ちの整理や、
心のコントロールは自分自身で責任を持つのが当たり前の事だ。









私の返答を聞いた恭弥さんが
…再び…ゆっくりと会話を始める。


「そうやって、他人のせいや、環境のせいにしないで…」
「自分の側の問題であると捉える事が出来る所も…優衣の大変に優れた所だと思うよ。」

「今、自分の目の前に現れている事全てを…」
「自分の問題だと受け止める事が出来る者は、とても少ない。」

「自分に都合の良い嬉しい事や、褒められるような事は、自分の努力のお陰だと思うけれど…」
「それ以外の、不本意な事については…他人のせいにしたがるものだ。」

「学生の頃の試験の結果に始まり…」
「進学や就職、体調や仕事、恋愛、家庭問題まで…それこそ何でもね。」



「普通はね、自分の前にある…」
「“納得できない事”は…他人や環境が悪かったからだと思いたいものなんだ。」
「でも、君は…それをしない。」
「真正面から事実と向き合い、自分の中に原因を見つける事が出来る勇気を持っている。」





「他にも…優衣の優れた点だと思う所はたくさんある…」

「他人を変な色眼鏡で見ない所や…」
「誰に対しても公平な態度である所…相手の長所を見つけるのが上手い所」

「それに何より…」
「何時も、無意識に“その時に一番相手の為になる選択”をしようと心を砕く。」
「自分の言動に…常にとても真心を込める。」

「君にとっては当たり前の事だろうけれどね…どれも、なかなか出来ない事なんだよ。」







優しい表情で、とても有難い事を言ってくれる恭弥さんの言葉を
なるべく一生懸命に…素直に聞こうとしていた。


でも…正直、褒め過ぎのように…感じる。
確かに、言われた事は…私が常日頃から気を付けている事ではある。

無意識の事もあるし、意識してやろうとする事もある。
そして、毎回キチンと出来ているとは限らない。
上手く出来ない事だって…沢山あるというのに。






「これ以上、詳しくは挙げないが…他にも優衣の長所はたくさんある。」
「…それなのに、君は、自分にあまり自信がない。」

「何時か話したように…」
「僕や他の優れている人と思える人と、自分を比べてダメだと思う他に…」

「君の持っている“自分の理想像”があまりに高くて」
「自分の理想像と、現在の自分を比べてダメだと思う心が…」
「自信を持てないでいる最大の理由だと思うけれどね。」


「でも、何度も言うけれど…今のままで、そのままの君で充分に素晴らしいんだ。」
「…その点を、もう少し認めて…もっと自分を評価してあげなよ。」


「自分が目指している理想像が高いのは、別に悪い事ではないけれどね。」
「…優衣の場合は…他人には甘い評価をし、自分には厳しい評価をするからね…」

「もう少し、自分に甘い見方をしても良いと…僕は思っているよ。」







…確かに、私は自分でも理想が高いとは思う。

もっと、もっと素晴らしい人になって…
出来る限り多くの人の役に立つ人間になりたいと…
物心が付いた子供の頃からずっと、そう思って来た。


だから、その為には
『こんな程度の努力ではダメ』だという気持ちが強くて…
周囲の人が評価してくれても…
『こんな程度で満足してはダメよ!』と思って、いつも自分では満足していなかった。



そうやって、常に向上を目指す事で
自分の慢心しそうになる心を防ぎたい気持ちもあったし…
何より本心で本気で、心からもっと素敵な人になりたいと…思い続けて来た。




でも、恭弥さんに…こんな風に言われるという事は…
私の態度や考え方は、もしかしたら少し極端なのだろうか?
もっと…
自分を褒めてあげる考え方をするべき…なのだろうか…


ありのままの自分を、
もっと素直な気持ちで認めてあげて、愛してあげるべきなのかもしれない。









「ただ、優衣には欠点も…確かに幾つかある。」
「代表的なのは…英国に居た時に忠告したように…安易に他人を信用し過ぎたり、疑う事を知らない事。」

「世の中には善意ばかりの人間ではない事は、知識では知っていても…」
「実際に対応する時には、その点の注意が疎かになっている。」

「特に、君が属している世界は…終始悪意を持って接触して来る者も多い世界なのに…」
「君ときたら、隙だらけであまりに無防備過ぎる。」

「せめて、もう少し相手の裏を読むくらいの事が出来るようにならないと…」
「この世界では…生きていけないよ。」




(……っ…)




「まぁ、そうは言っても…」
「他の連中が普通に持っている“欠点”に比べたら可愛いものだ。」
「以前にも言ったが、欠点のない長所だけの人間など居ないのだから。」

「それに…僕が傍にいて守ってやれば問題のない事だしね。」




(…っ!…)




そこまで話した恭弥さんは、少し穏やかな表情で私を見て…


そして、シャンパンをグラスの半分程飲み

…少しの沈黙の後、再び口を開いた。















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あきゅろす。
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