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虹の彼方 160





少し考えるような素振りをしていたクラウスが
…再び口を開く。


「…では…先日のレストランでの喧嘩や、妻に対してのアドバイスも演技ですか?」




「貴方に逢う為に、あのレストランに行った所までは“作戦”ですが…」
「その後の喧嘩も、そしてアドバイスも…あれは“真実”です。」
「あの日、僕達は本当に喧嘩をしていたし…貴方の為にしたアドバイスに嘘も下心もない。」

「…特に彼女は…」
「本当に心の底から、貴方方夫婦が上手く行く事を願ってアドバイスしていましたよ。」







恭弥さんの言葉で…二人の視線が私に注ぐ。


クラウスが…
少しニコリと柔らかい表情で、私を見つつ…

「…そうなのですか?」




クラウスの質問に答えるべく口を開く…

「あの時の私は…どうか奥様と上手く行くように…と、祈るような真摯な気持ちでした。」

「彼が言うように“下心”など一切入っていません。」
「私は、本当に心から思った事、感じた事を申し上げただけです。」





私の言葉を聞いたクラウスが、軽く頷きつつ…

「そうですね…貴女が本当に僕の為を思って…僕達の幸せを願ってくれているのを」
「あの時、確かに僕も感じていました。」

「だからこそ僕は…貴女の案を実行してみる気になったのでした。」




隣の恭弥さんが…


「彼女は僕と違って…あまり演技は上手くないのでね。」
「というか、寧ろ大根役者なので…自分の本当の感情を隠せないんです。」



(…っ!…)


…き、恭弥さん…

何もクラウス相手にまで“大根役者”なんて言わなくても…



確かに、私は今でも演技が下手だけど…

…その、自覚はあるけれど…








それを聞いたクラウスが、少し笑いながら…私を見て

「あぁ…それは何となく想像が付きます。」
「僕は、話を聞いた今でも…貴女が“こんな仕事”をしている事が信じられない程です。」




それに対して、私の代わりに恭弥さんが答える。

「彼女の“本業”は別にあるのです。」
「今は僕の仕事の為に、僕の希望で…一緒に同行して貰っているだけなんです。」



「婚約者と離れたくなくて…貴方の仕事に同行させているという事ですか?」


クラウスの質問に…


「ハッキリ言えばそうです。…主に、僕の方が一緒に居たくてね。」


平然と、ごく普通の事のように答える恭弥さん。




それを聞いて…
ほんのり頬を赤くした私を見たクラウスが微笑しつつ…

「それを聞いて、得心が行きました。」
「貴女は…他人(ひと)を騙すような仕事をするような人には見えませんしね。」









そう言った後は…
恭弥さんの方に視線を向けて
…少し空気が変わり、先ほどまでの真剣な瞳になり…



「つまり、この仕事の“担当”は…貴方という事ですね。」



「…そうです。ですが…僕も“人を騙すような仕事”が好きな訳ではない。」
「単に、臨機応変に行動しているに過ぎない事が多い。」
「寧ろ…仕事内容の割には、僕は何でも率直に言う方だと思うな。」
「貿易商として接触したのも…半分は貴方の為だし。」




「…えっ?…僕の為?」
「…?…。…それは、どういう意味ですか?」




「今回、この情報を得る為には色々な方法があった。」
「その中で…例えば、オーストリア政府に対して…」
「“貴方がこんな情報を持っているようだから、それを強引に取り上げて僕に渡して欲しい”と…」
「“告げ口”をして政府経由で情報を貰う方法もあった。」

「けれど、それをしないで…こうやって回りくどい方法で情報を得ようと動いているのは…」
「貴方の立場や会社に、出来るだけ影響がないように考えたらからだ。」
「…僕は、貴方の商売の邪魔をしたい訳ではないからね。」







もう“全部公開”する事にしたのだろうか?
さっきまでは少し“貿易商の雲雀恭弥”も残っていたのだけれど
今では、かなり普段の恭弥さんの口調に近くなった。

にしても…そこまで話して良いの?という事まで語っている。




薄い笑顔を浮かべつつ話す恭弥さんの話を…
“?マーク”を浮かべつつ、あまり解っていない疑問顔で聞くクラウス。

更に、解説をするように…恭弥さんが口を開く。



「僕が欲しいと言えば、オーストリア政府も軍も…その情報を差し出すだろう。」
「超機密事項の場合は…少しは抵抗したり渋ったりする事も、あるかもしれないけれどね。」

「オーストリアには、今まで随分と“恩を売っている”から…僕には逆らえないんだよ。」
「もし、渡さなければ…後々困る事になるのはオーストリア政府や軍のほうだ。」




恭弥さんの言葉を聞いたクラウスが『そういう意味か』と納得した顔をした。

…そして…


「貴方は…“誰”なのですか?」
「それ程までに、世界中に影響力を持っている人なんて…そうそう居る筈が……」


そこまで話した所で、
何かを思い出したように…ハッ!とした顔をして恭弥さんを見る。








少し、じっと真剣な眼で恭弥さんを見た後に
…静かな口調で…



「先日…イタリアに出張に行った時に“ある人物の噂話”を聞きました。」

「極悪イタリアン・マフィアとチャイニーズ・マフィアと…」
「それに、人身売買をしようとしていた大勢の者達を一網打尽にした人物がいる…と。」
「その人は…世界中の…国家機関や警察・軍などにも強力なコネを持つ日本人だそうです。」

「イタリア警察も、国際警察も…」
「捕まえる事が出来て無かった者達を一網打尽に出来た切欠は…」
「マフィアに誘拐された婚約者を助ける為だった…とか。」

「驚く程に早く相手を特定し…自ら現場にいち早く駆けつけ…あっと言う間に片付け…」
「全てが終わったのは、驚くべき事に…婚約者が誘拐されてからまだ丸一日も経っていない時間だった。」

「その余りに素早く正確で的確な行動力や、恐ろしい程に高い戦闘力に誰もが驚いた…という噂でした。」





そこまで話して、私の方をチラリと見て。


再びゆっくりと恭弥さんに視線を戻したクラウスは…



「話を聞いた時は…大袈裟な“尾ひれ”が付いた噂のようだな…と思っていました。」
「でも、今では…もしかしたら、全ての本当の事なのではないかと…感じています。」








もうイタリアでの事件の噂がクラウスの耳に入っていたようだ。
…予想外に早いとも感じるけれど
まぁ、あれ程に派手な事をしたのだから…仕方ないだろうか。

クラウスの話を聞いた恭弥さんは…先程からずっと不敵な笑顔。



そんな様子を見たクラウスは…



「貴方方は、オーストリアに来る前はイタリアを訪問していたと…先日、言っていましたよね?」



「…………。」



恭弥さんは黙ったまま。
それを見て、意を決したようにクラウスが尋ねる。



「その噂の人物とは…貴方の事ですか?」



「…さぁね。僕は、その噂を直接は聞いてないので…何とも言えないな。」
「でも確かに、僕達は少し前までイタリアに滞在していたし…複数のマフィアに絡むような場面もあったね。」



ハッキリ肯定もしないが、否定もしない言い方。

けれどもクラウスは…
“それだけ聞ければ充分だ”という顔をして、少し頷いている。

…そして…


「先ほどまでは、“あの情報”を渡す事に大きな躊躇いがありましたが…」
「どうやら、…渡す以外の道はなさそうですね。」





恭弥さんが何者であるかを“ほぼ理解”したらしいクラウスは…
通常であれば絶対に“渡す”などとは
言わないであろう超機密情報を、渡してくれる決意をしてくれたようだ。

クラウスが渡すのを渋らないように…
手っ取り早く“渡す決意”をさせる為に
恭弥さんは、先ほどのような話をしたのだろうか?








そこまで話したクラウスが、
今度は少し困ったような顔をする。

そして…


「…しかし、一体、どうやって渡せば良いでしょうか。」
「アレは、数ある極秘情報の中でも特別扱いの物なので…」
「僕を含め、社内の誰であってもそう簡単には持ち出せないようになっている。」

「持ち出す以前に、情報を保管している部屋に入室するだけでも大変なぐらいに」
「軍隊並の…完璧なセキュリティーで守られているのです。」


「部屋に入るだけでも、最低2人の立ち合いが必要で…」
「更に情報を取り出す為には…この件を知っている全員の立会いがなければ…出来ない仕組みになっています。」











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あきゅろす。
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