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虹の彼方 158






なかなか興奮状態の収まらないクラウスが…
漸く、少し落ち着きを取り戻してきた。


そして、私と恭弥さんのほうを向いて…


「…あの日に…お二人にアドバイスを頂いて、本当に良かった。」
「あのまま僕ひとりで悩んでいたら、絶対に思い付く事のない内容でした。」
「あんなに長く悩んでいたのが…嘘のようです。」

「それで、あの…是非、何かお礼をしたいと思うのですが…お勧めのレストランには、一番最初に行きましたし。」
「何より、食事程度ではなくて、何かもっと気の利いた物がないか考えました。」
「でも正直、どんな事ならお二人に喜んで頂けるのか分からないので…良かったら希望を言って頂けませんか?」




「…………。」



クラウスの言葉を聞いても無言のままの恭弥さん。
私も同じく無言。



私達の困惑した顔見て
…クラウスが少し申し訳なさそうな顔をする。


「…すみません。急にこんな事を言われても…困りますよね。」
「あの、ゆっくり考えて頂いて構いませんので、良く考えて下さい。」




「…………。」

そう言われても…正直困る、よね…。
何も言おうとしない私達を見て、クラウスが必死に色々と話す…



「何か、お二人が欲しい物は無いでしょうか?」
「もし、特にご希望がないようでしたら…僕の持ってるグループ企業内には旅行会社もありますので」
「その…何処かに旅行とか…例えば、豪華客船での地中海クルーズなどは如何でしょうか?」

「それか、関連会社の不動産部門が販売しているリゾート地の別荘の数年分の使用権、とか…」
「他には…ええと…有名ホテルチェーンのスィートルーム宿泊券等でも良いですし。」




クラウスの気持ちは、とても有難いけれど…
お礼が欲しくてクラウスにアドバイスをした訳ではないし
特に欲しいと思う物もない。

それは、きっと…恭弥さんも同じだろう。
そう思って恭弥さんの方をチラリッと見る。

すると、案の定…
少し苦笑した顔でクラウスの方を見ていた。

…そして…


「お言葉は大変に有難いですが…僕達は、お礼目当てにアドバイスをした訳ではありません。」
「…どうか、気にしないで下さい。」




恭弥さんの言葉を聞いたクラウスは…


「…そう言われるとは思っていました。」
「でも、…是非、何かお礼をした気持ちで一杯なのです。」



そう言った後に、私の方を見て…


「…何か、欲しい物はありませんか?」
「もし宜しければ、ペアの特注ジュエリーでも作らせましょうか?」



それを聞いて…私も口を開く。


「彼の言う通りです。」
「私達は…奥様と上手く行きそうだと分かっただけで十分です。」
「…それに…そうやって何でも物で解決しようとするのは、悪い癖ですよ?」



と、少しお茶目っぽく言うと…クラウスは


「…あ、…そうですよね…」
「僕は…欲しい物を手に入れるのに大変に苦労して育ったせいか…」
「プレゼントするとなると、つい“何か少しでも豪華な物を”と考えてしまいます…」








シュンとしてしまったクラウスは
…どうしよう…と迷っているようだった。

暫く、俯いて色々と考えていたようだが…


「…すみません。どうしても…物品関連以外では何が良いか思い付きません。」

「先日のように食事にお誘いするような…そんなレベルではなくて、もっと…」
「もっと、本当にお二人に喜んで頂けるようなお礼をしたいのですが…僕には思い付きません。」





ションボリとした様子で、そう言った後に…

…ふと、顔を上げて…


「物ではなくても…何でも良いですので、何か希望はありませんか?」
「僕には、お二人の好みは分らないので…どうか遠慮なく、何でも言って下さい。」

「グループ企業や傘下の会社には全く関係のない事でも良いです。」
「僕に出来そうな事なら、何でも骨を折りますので。」




「…………。」

そう言われても…ね。


お食事程度が一番無難だと思うけれど、
この分では…それでは“クラウスが満足しない”のだろう。

だからと言って、先ほどクラウスが上げたような事は…
私は兎も角、恭弥さんにとっては
旅行も、別荘地も、スィートルームも別に“ごく普通に手に入る”事ばかりだし…。
特に、欲しいとも思っていないだろう。

かと言って、何か他に欲しい物も思い付かない。


そう思って無言のまま、困った顔でクラウスの方を見ていた。
クラウスはクラウスで…
私達が何か希望を言うまでは諦めない!という意気込みを感じる眼差しで
私達の事を…じっと、見て来る。









…暫くの間…
そのまま3人で無言で珈琲を飲みつつ過ごしていたが…
使用人さんが3人分の珈琲のお代わりを入れてくれて
…静かに部屋を出て行ったのを見送った後で


恭弥さんが…
今までと少し雰囲気の違う真剣な目でクラウスを見つつ…口を開いた。



「もし、希望を言えば…本当に叶えてくれるのですか?」



恭弥さんの言葉を聞いたクラウスは…
嬉しそうな顔でニコニコと応じる。


「はい。僕に出来ない事以外なら…何でも言って下さい。」
「あ、でも…警察に捕まるようなのはダメですよ。」





にこやかな笑顔で、お茶目に答えたクラウスに対して…
そのまま真剣な表情を崩さないまま
…恭弥さんが、静かに言葉を発する。


「僕の仕事関連で、欲しい物があるのですが…そんな物でも構いませんか?」



恭弥さんの言葉を聞いてハッとして
…マジマジと、その顔を見る。

すると…
私の視線に気が付いた恭弥さんが、私の方を見て小さく頷く。




…恭弥さんは…
クラウス本人に『超機密情報が欲しい』と言うつもりのようだ。
…なんて、大胆な事をしようとしているのだろうか。

幾ら、このままでは短い期間内に情報を得るのが厳しそうだとは言え…
会社の“機密事項取扱いの最高責任者”であるクラウス本人に、
そんな要求をしても…普通に考えれば無理だろう。


クラウスが一代で起こした企業グループであり
“僕の会社”であっても『守秘義務』は守らなければならないし
『会社の利益を損なうかもしれない事』をクラウスがすれば
…会社への背徳行為と見なされる。

それはトップであろうとも変わりない。



…もしも発覚すれば、社会的にも大変な騒ぎになるし
下手をすればクラウスの解任騒ぎになるだろう。

それに何より…
そんな話をすれば私達の“正体”がバレてしまう危険が高い。







恭弥さんと私の様子を見て
…ただならぬ雰囲気を感じたのだろう
それまでニコニコしていたクラウスが…ふっと真面目な顔になった。

…そして、少し言葉を選ぶような言い方をする。


「先程言ったように…僕に出来る範囲の事でしたら、ご希望の物をお渡ししたいと思っています。」
「但し…どんな物が欲しいのか…にもよりますが。」




クラウスの返答を聞いた恭弥さんは…落ち着いた口調で…


「貴方でしたら…その存在をご存じである筈の“とある情報”が欲しいのです。」



「…情報、ですか?」



「そうです。貴方の会社の機密情報の中で、欲しい物があるのです。」



「…っ!…。…会社の、機密情報…ですか。」


そこまで聞いたクラウスは、考え込むようにしている。
まさか、そんな返事が来るとは思っていなかったのだろう。







暫くして…再びクラウスが口を開く。


「お二人が、お礼として欲しい物は…それ以外にない、という事ですか?」



「…はい。他に僕達が本当に欲しい物はありません。」







恭弥さんの返事を聞いて…一度、小さく息を吐くクラウス。
そして、静かな口調で…


「お二人が本当に喜ぶ特別な物を贈りたいと、そう思っていました。」
「ですが…会社の機密情報が欲しいとなれば、……話は別です。」



そこまで話して…
とても真剣な表情で私達のほうを…ジッと見詰めて来た。













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あきゅろす。
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