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虹の彼方 156




少しの沈黙の後…再びクラウスが話を始めた。


「期待していただけに…僕は大変に失望し、直ぐに車を出す元気もなく…」
「そのまま…妻の実家の駐車場で暫くの間…茫然と車の中で過ごしていました。」

「項垂れて車の中で過ごしていた時…コンコンと車の窓を叩く音がしたので見てみると…」
「なんと、そこに妻が居たのです!」





(…っ!…)





「驚いた僕は、急いで車から降り…彼女の前に立ちました。」
「すると彼女は…“あの花束は凄く嬉しかった”…とニッコリしつつ言ってくれて…」
「そして…何時ものように僕を追い返した両親から、僕が作った花冠を渡され…」
「“さっき、こんな物を持って訪ねて来たが何時ものように追い返したからね”という話を聞き…」
「慌てて、駐車場まで走って来たそうです。」

「…そして…」
『一番楽しかった頃の…思い出の花冠を』
『わざわざ作って持って来てくれた事がとても嬉しい』と…言ってくれました。」

「その後…改めて妻の部屋に通して貰って…やっと…二人で色々と話す事が出来ました。」
「結局、その日は夜中まで二人で色々な事を話し込んで…」
「今まで話せなかった“お互いの本音”も話す事が出来ましたし…お互いに冷静に聞く事も出来ました。」



「結局、妻は…僕の意識が仕事にばかり向いている事が寂しかっただけのようでした。」
「今まで贈った豪華なプレゼントも…」
「本当に自分の事を考えてくれているようには見えなかった…と言われました。」

「でも、結婚前の思い出の花を使った花束と、丁寧に綴った手紙、そして花冠を見て…」
「僕が妻の事を今でも思っているのを確かに感じて、会う気になってくれたようでした。」


「その晩は、妻の実家に泊まらせてもらい…翌日、帰宅する時に…」
「“まだ幾つか課題は残っているものの…もう一度、一緒に暮らしてみないか”と…」
「妻に提案をしたら“少し考えさせて欲しい”と言われたのですが…」
「昨夜の夜、電話で返事があり…来週、妻がこの家に戻って来てくれる事になりましたっ。」






そこまで一気に話したクラウスは…感極まったように…



「…っ…。…本当に…何もかも、お二人のお陰です…」
「…有難うございますっ!」



と話しつつ…
隣のソファーに座っていた恭弥さんの手をガシッと掴んできつく握っている。

今にも泣きそうな程に喜んでいるクラウスを見て
…胸がジーンと熱くなる。



あの時…変な仕事意識などではなく、
全く損得勘定など持たずにクラウスにアドバイスをしたのだけれど
それが上手くいったようで、本当に良かった。


仕事の為に、こちらから仕掛けて仲良くなった相手ではあるけれど…
クラウスの様子を見て“力になってあげたい”と思った気持ちに嘘はない。

心底…クラウスと奥様の幸せを願った上での
アドバイスだっただけに…私としても本当に嬉しい。





今現在…まだ、こちらの欲しい情報は全く手に入っていないし、
別部隊のメンバーも苦戦しているらしいので
このまま行けば時間切れで…この仕事は失敗に終わる可能性もある。

けれど、そんな“仕事”とは関係なく…
単純に誰かの役に立つ事が出来た事が嬉しいと…心から思った。










まだまだ興奮状態の冷めやらないクラウスに…
恭弥さんが…


「あまり焦って関係修復をしようとしないほうが良いですよ。」

「奥さんの気持ちに添って、ゆっくり時間を掛ける事が大事です。」

「今後は、もっと話し合う時間を意識して作るように。奥さんの話もしっかり聞くように。」

「当分の間は、出来るだけ仕事よりも家庭を優先にするように。」


…などと、色々とアドバイスをしている。





それを…真剣な顔をして頷きつつ聞いているクラウス。
恭弥さんの倍くらいの年齢のクラウスが
…まるで生徒の様に見える。

でもクラウスは、そんな事は全く気にしていないようだった。
それだけ…真剣な気持ちなのだろう。







にしても…面白い光景だと思う。
以前、恭弥さんと“恋”について話した時にも思った事だけれど…
“あの雲雀恭弥”が…夫婦円満になる為のアドバイスをしいている、なんて…
…とても珍しい場面だと思う。

恋の話はまだ分るけれど…結婚した事もない恭弥さんが
『夫婦とは…家族とは…』
なんて話をまるで諭すように話しているのを見て…

“どうして自分に経験のない事まで、こんな風に具体的にアドバイス出来るんだろうか?”
と、とっても不思議だった。



…恭弥さんって、自分自身の経験ではなくても…
書物・映画や他人の経験談や、周囲を観察した結果…などで
“自分の智慧”にする事が出来る“非常に稀なタイプ”のようだ。

草壁さんが天才と称するのも…分かる気がする。


普通は、自分である程度経験しないと
“本当の自分の人生の智慧”にはならない物だけれど…

とても鋭い観察眼や持って生まれた勘や感性、
それまでの自分の人生の智慧などを掛け合わせて
“未経験の事でも、あたかも体験者のように智慧に変えてしまえる人”
…なのだろうか。









(…………。)


クラウスに解かるように…大事な点を何度も何度も…
同じ事を少し言葉を変えたり、
表現を変えて繰り返し、丁寧に諭しては教えている恭弥さんを見ていると
今まで私に対して…
恭弥さんがとってくれていた態度と重なって見えて来る。


こうやって…恭弥さんは、私に対しても…
とても忍耐強く、何度も何度も…導いてくれようとしていたんだ。

それなのに…私は気が付かなかった。



いえ、違う。


…そうじゃない。



本当は心の底、心の奥では
…ちゃんと、気が付いていた。

でも、それを認めるのが怖くて…逃げていた。
…分からないフリを続けて、自分自身をも欺いていた。





自分に自信を持てない事が出発点で…
更には、初めて経験する“恋”というものが少し怖くて
…自分を騙す演技を“自分に対して”していた。

“これは演技なんだ”
という事にして、恭弥さんの態度や言葉だけではなく…
自分自身の心までをも、正面から見ないで逃げていたのが
…今となってはハッキリと解かる。



私の中にある“恐怖心”が…そうさせていたのだと思う。


私は“自分が傷付くのが怖くて”…現実から逃げていたのだ。











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あきゅろす。
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