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虹の彼方 154





その日の夕食は…
結局、クラウスと同席してゆっくり会話をする事は出来たものの
肝心の情報に繋がる成果は全くゼロのまま終わった。

けれど…
素顔のクラウスに近い姿を見られたと思うし…
明らかに以前より仲良くなれたので、これはこれで良いだろうか。



それに何より…クラウスが来る前の…
恭弥さんとの気まずい雰囲気が変わってくれたのは
…大真面目に有難かった。

…というか、助かった、な…。



草壁さんの運転でホテルに戻る中で
今日の首尾を、草壁さんに簡単に話した後に
次の行動の指示を出す恭弥さんをチラリ…と見つつ
そんな事を考えていた。








ホテルに戻り…
何時ものように、恭弥さんが入った後に続いて、
少しゆっくり目のバスタイムを楽しんで出る。

ダイニングテーブルの隣にある冷蔵庫の中から
ミネラルウォーターを取り出しコクンと一口飲んでいたら…
隣のリビングルームの見えない位置にいる恭弥さんの声が響く。



「…優衣…。…話があるから、こっちに来て。」


…っ!…



その声を聴いて…
自然と身体が強張ってギクリッとする。




…もしかして…
先程のレストランでの事で叱られるのだろうか?

あの時の恭弥さんは、何時になく怒っていた。
途中でクラウスが登場してくれたので、
救われた形になっていたけれど…
やっぱり、このまま見逃してくれる気は無いのだろうか?

…そう考えると、正直少し怖い。


でも、明らかに聞こえているのに…
無視する訳にはいかないし



…うぅ…し、仕方ない… 

少し迷ったけれど、覚悟を決めて
…恐る恐るリビングにいる恭弥さんの所へ向かった。







ゆっくりとした足取りでリビングに行く。
けれど…入口まで行き、自然と足がピタリと止まる。

すると、それに気が付いた恭弥さんが私の方をチラリと見て…



「…そんな所で何してるの。此処に来て。」

と声を掛けて来た。





勇気を振り絞って…ソファーまで行き、
恭弥さんの向かいの席にゆっくりと腰を下ろした。

私が座った所で…
それまで読んでいたオーストリアの業界雑誌を置き
ローテーブルに用意してあったワインのコルク栓を抜いて
…グラスに注ぐ恭弥さん。


二つのグラスに注いで、私にも渡してくれたけれど…
これから叱られるというのに、ワインなんてのんびり飲む気にならない。
そう思って…


「あの…私は先ほど水を飲んだので…」

と断わろうとしたのだけど…



「…良いから、君も飲みなよ。」

とやや強引に私の目の前にグラスをトンと置かれた。



そして、恭弥さんの分のグラスを持ち
“ほら君もグラスを持って”という感じで私を見る。
それを見て…“飲まないという選択肢はない”事を悟り、
仕方なく自分の分のグラスを手にして…一口だけワインを飲んだ。




お互いに無言のままワインを飲み
…それぞれのグラスをそっと机に置く。

“話しがある”…と言われたのに、恭弥さんはまだ何も話さない。
でも、何を言われるのか分からないので、
私から話を振るのは止めておいた方が良いだろう。
そう思って…私も無言でいた。






恭弥さんは、何事かを考えている風に…もう一度ワインを飲み
…再びテーブルに静かにグラスを置く。

その様子を、何とも居心地の悪い思いをしつつ、
黙ったまま見ている私。

部屋の中を、変な緊張感が支配しているのを感じる。









何もしないでいる事に耐えられなくなった私は
そっとワイングラスに手を伸ばし、再びコクンと一口飲んだ。

そんな私の様子を見ていた恭弥さんが
…やっと口を開いた。



「今日、僕がレストランで君に話したヒントについて…少し真面目に、ゆっくり考えてみて。」



どれがヒントなのか明確には答えてくれなかったけれど…
こんな風に言うという事は
私が『これがヒントですか?』と尋ねた内容で合っている
…という事なのだろうな…と思いつつ返事をする。



「…はい。分かりました。」



「考える期限は、クラウスから情報を得る事が出来た日とするよ。」
「それまでに自分なりの回答を用意しておいて。」



「…自分なりの…回答、ですか?」



「そう。僕が真に言いたい事。僕の真意がどんな物であるか…の答えだよ。」



「恭弥さんの本当の気持ちや思っている事を、私なりに考えてみる…という事ですか?」



「そういう事だ。」



「…………。」










先程のレストランで、あれ程『どうして分らないんだ!』と言われたのに…。
そう聞いても全く何の事か分らなかったのに
…改めてゆっくり考えたぐらいで解かるだろうか?

そんな事、私に出来るだろうか…そう思って思わず無言になってしまった。

…すると…




「今までの事を…最初からゆっくり振り返って見ると良い。」
「僕は、今まで何度も何度もヒントとなり得るを事を話して来たし…同じ事を繰り返し話した事もある筈だ。」
「その中で、僕の気持ちだけでなく…自分の気持ちや感情も、ちゃんと再確認してみて。」



「あの、…今まで、とは…。今回のお仕事の最初から…という事ですか?」



「今回の仕事が決定してから…最初に一緒に買い物に行った時なども含め全部、という意味だよ。」



「この仕事の話があった時から全部…ですね。…分かりました。」




今回の仕事の承諾をした時から全てを遡って考えろ…という事のようだ
最初から振り返ったとして、私に何かが解かるようになるのか
…今は分らないけれど…
恭弥さんがそうしろと言うのだから、言われた事をするしかない。

そう思って…

「ゆっくり丁寧に、最初から振り返ってみます。」

と答える。







「…うん。その際…出来るだけ客観的に物事を見て、気が付いた事を素直な気持ちで受け止めて。」
「察する事が出来た…僕の気持ちも、君の気持ちも…両方を、ね。」



「…はい、出来るだけ冷静な目で見つめ直してみます。」



そう返事は返したが、正直、あまり自信はない。
でも、出来るだけやってみるしかないだろう。

若干不安な気持ちを抱えて、俯いて黙り込んでいると…
そんな気持ちに気が付いたらしい恭弥さんが、
更に言葉を重ねてくれた。






「君が…素直に事実を見て、受け入れる事が出来れば…ちゃんと正解を導き出せる筈だよ。」
「ヒントとなる情報は十分に与えているつもりだ。」

「クラウスから目的の情報を得る事が出来た日に…二人で、答え合わせをする事にしようか。」




言われた言葉に反応し…顔を上げてみる。
…と、恭弥さんは…とても穏やかな顔をしていた。

てっきり叱られるのだと思って、
少し身構えていた私はホッとすると同時に…

答え合わせをする…その瞬間が来てほしくないような…
良く分らない気持ちを感じる。






…何だろう、この感覚…。


…同時に…妙な緊張感も感じる。




ちょっと怖いとも思うけれど…
でもきっと、これは避けては通れない道なのだと…直観的に思う。

真正面から向かい合うべき事なんだろう。




結果がどうであれ…
私が必ず通らなければならない道なのだと

…心の声が囁いているのを感じた。














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あきゅろす。
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