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虹の彼方 152




私の、少し怪訝な顔を見て
クラウスは少しだけニコリとしてから…


「言葉を変えて言うと…羨ましいと思ったんですよ。」

「今の僕は、妻と喧嘩をする事すらないんです。」
「妻とは別居中なのですが、訪ねて行っても会ってくれないので…」
「喧嘩どころか…会話をする事すら出来ない状況です。」

「だから…“喧嘩出来る環境”にいるお二人が羨ましかったんです。」


そう…少し寂しそうに言う。






恭弥さんが…

「失礼な質問かもしれませんが…どうして別居をする事になったのですか?」

と尋ねると…




クラウスはふっと笑いつつ… 

「…それは…僕の友人や会社仲間には勿論、オーストリア社交界でも有名な話ですよ。」
「僕が仕事ばかりしているのが…妻は気に入らなかったようです。」


少し自嘲気味に、そう言った後に続けて…







「僕は、元々は貧しい家の出身なんです。」
「名家の出ではなくても成功出来る事を証明したくて…必死に勉強をし、がむしゃらに仕事をして来ました。」
「…寝る間も惜しんで勉強をし、誰よりも仕事をして来たのです。」
「そうやって作り上げた今の会社や地位を守る為にも…僕は今でもずっと走り続けています。」




「…………。」


資料で読んだ通りの内容を
淡々と話すクラウスの話を私も恭弥さんも、黙って静かに聞いた。







「…こんな僕ですが…それまでの努力が実り…」
「年頃になった時に何とかオーストリア社交界デビューする事が出来きました。」
「そして、そこで…恋をしました。」

「妻は…オーストリアでは有名な名家の令嬢なんです。」
「その美貌で、当時の“社交界の華”と謳われていました。」

「そんな彼女に恋をしても、どうせ僕なんか相手にされないだろうと思っていたのですが…」
「僕の悪友達が、彼女に…」
「僕が惚れ込んでいるから一度で良いからデートしてやってくれ、と頼み込み…」
「気乗りしなかったそうですが、あまりに頼まれるので仕方なくOKしてくれたんです。」
「その時の僕は、天にも昇る気持ちでした。」

「そして…デートの当日…」
「僕は凄く緊張して…あまり気の利いたエスコートも出来ず…会話も、その…」
「ついつい、熱心に自分の仕事の話ばかりをしてしまって…何とも酷い結果でした。」




苦笑しつつ…話すクラウス。

でも…私も恭弥さんも、口を挟まずに黙って聞く。




「けれど、世の中…何が切欠で良い方に転ぶか分らない物で…」
「今まで彼女の周囲を囲んでいた、完璧な紳士達とは違う僕に…彼女は興味を持ってくれたんです。」
「きっと、他に居ないタイプなので新鮮だったのでしょう。」

「その後、付き合いを続けプロポーズをしたのですが…」
「その頃は僕の会社は既にかなり成功していた事もあり…」
「彼女の両親も結婚を認めてくれて、晴れて夫婦になれたんです。」



「社交界の華と言われた人を妻にし…子供も生まれ、とても幸せでした。」
「僕は、益々張り切って仕事をしました。」
「もっと、もっと…家族を幸せにしたくて必死でした。」
「けれど、彼女はそれが嫌だったようなのです。」

「その事で、何度も喧嘩をしました。」
「でも、何度話し合っても…彼女は『もっと家族との時間を大切にして欲しい』というし…」
「僕は、会社の為にも、従業員の為にも…そして家族の為にも仕事をしているんだ、と譲らず。」
「ずっと平行線のままで…」

「ある日、家に帰ってみると…妻と子供達の姿がなく、一枚の手紙が残されていました。」
「そこには…妻の寂しい気持ちが綴られていました。」

「…でも、僕は、どうして良いか分らず…」
「取り敢えず、大急ぎで妻と子供を迎えに彼女の実家に行ったのですが…」
「妻の両親が出迎えてくれて、娘と孫には会わせられない…と玄関ホールで面会を断わられ…」



「それ以来、数年間…妻には会っていません。」
「電話をしても絶対に出てくれません。」
「子供達には、誕生日やクリスマスなどに時々会いますが…妻は、一度も会おうとしてくれないんです。」




そこまで話したクラウスは
…とてもシュンとしてしまい可哀相だった。

仕事の話をしていた時は、あんなにも生き生きとしていたのに…
今のクラウスは
『どうして良いか分らない』という困惑と
長い別居での精神的な疲れが見える。







恭弥さんが、静かに口を開き…


「会って貰えなくて電話もダメなら…メールや手紙を書いて想いを伝える、というのは?」




そう尋ねると…
クラウスは少し俯いていた顔を上げ…


「メールではなく、わざわざ手書きの手紙を…何度も何度も書きました。」
「でも、僕が彼女や家族への想いを長く綴っても…彼女からは、最低限の子供達の近況などが」
「ごくごく簡単に書かれた返事が来るだけなのです…。」




「では…何かプレゼントをするというのは?」

と再度、恭弥さんが淡々とした口調で尋ねると…





「それも散々やっています…。」
「結婚記念日や、彼女の誕生日やクリスマスなどには…豪華なプレゼントも贈っています。」
「でも、何時も…」
「とても簡単な義理で書いたようなお礼の手紙が一枚来るだけなのです。」

「それで、さり気無く彼女の両親に聞いた所では…」
「どうやらあまりプレゼントは喜んでいないみたいなのです。」

「元々、彼女の実家は裕福ですし…」
「普通の物をプレゼントしても喜んでくれないと思うので」
「毎回…特注のジュエリーや、リゾート利用権や、高級車など…」
「色々な人に相談してみて…それなりの物を贈っているのですが、彼女の好みではないようです。」




そこまで話したクラウスは…
見るからにションボリして項垂れてしまった。

この先、一体どうしたら良いか分らずに途方にくれている
…という感じだ。






そんなクラウスを気の毒に思いつつ見ていた私は

…ふと、閃く物があり…口を開いた。
















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あきゅろす。
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