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虹の彼方 105




オペラが終わった後は、アレックス夫妻とは
それ以上無理に接触はしない事にしていたので
直ぐにホテルに帰った。

…が…その後…
眠りにつくまでの時間ずっと…
夫人に言われた言葉を、ひとつひとつ丁寧に思い出しては
冷静に、あれこれと考えに耽った。




夫人に指摘されるまで、気が付かなかった
…自分の想い。


以前、恭弥さんに…女優としての実力を上げる為に
『実際に恋をしてみると良い』なんて事を言われたけれど
…まさか…本当に恋に落ちるなんて。

それも、恭弥さんに対して…恋をしていたなんて。
全く、自覚が無かった。

けれど…これで、自分の中で徐々に
広がっていったモヤモヤの原因が分かった。





何時か、恭弥さんが言っていた通りだった。

何時の間にか…
知らない間に、恋に落ちていたみたい。



一体、何時からなのか…正確な時期なんて解らない。

ドイツの時に既に気になっていた気もするし、
英国であったような気もする。

いや、もしかしたら…
日本にいた時からなのかもしれない。




だけど…取り敢えず…
何時の間にか、恭弥さんを好きになってしまい。

恭弥さんに…
本気で恋をしてしまっているのは…事実、のようだ。



(…………。)



自覚が出来たのは良いけれど…問題は今後の事。
これから、私はどうすれば良いのだろうか。

今日のオペラの後は
出来るだけ恭弥さんと顔を合わせないようにして
まるで逃げるようにして寝室に飛び込んだ。

何故って……恥ずかしいから。




私は恭弥さんの事が好きなんだ
恋をしているんだ…と悟ったとたんに
顔を見る事すら、恥ずかしいというか…照れるというか…
どんな顔をすれば良いか解らないというか…







それに、私の立場はなんて…複雑なのだろうか。

演技上では私は恭弥さんの恋人&婚約者である。
でも、実は『演技』という名に隠れて
…本気で恭弥さんを好きになってしまったのだから。


“例え演技であっても嬉しい”
…という考え方もあるけれど

逆に…
“演技である事が哀しい”…とも言える。

どちらの気持ちも本物で
なんとも形容し難い感情がふつふつと湧いて来る。






これから…一体どうしよう?

と、暫くの間考えたけれど…何をどうする事も出来ない。
今まで通りにやるしかない、と結論を出した。




だって…ミイラ取りがミイラ…じゃないけれど
“演技をしている内に本気になりました”なんて…
そんな事、言える筈もない。

もし仮に言ったとしても…
恭弥さんを、困らせる事になるだけだと思うしね。
もしかしたら仕事に支障が出るかもしれない。
そんな迷惑を掛ける訳には行かない。

…という事は、この想いを
何とかバレないように自分の胸に秘めたまま
“日本に戻るまで演技を続けなくてはならない”という事。

それはそれで…結構、大変そうな気もする。





アレックス夫人は『恭弥さんが私の事をとても大事にしている』
『大切に思っているから、自信を持って』…と、
如何にも“恭弥さんが私の事を愛しているから自信を持ってね”
というような事を言っていたけれど…

夫人には言えなかったけれど…
恭弥さんは周囲の人に“私達が恋人に見える”ように
完璧な演技をしているに過ぎない。

人を見る目があると思われるアレックス夫妻ですらも
騙してしまえる程に、完璧に役に為り切っているという事だ。





そんな風に、演技も仕事も、何でも完璧にこなしてしまう
あの恭弥さん相手に…
私なんかが、最後まで隠し事を出来るだろうか?
正直、ちょっと自信がない。

第一、 恭弥さんは勘が良いし
途中でバレる可能性も十分にあると思う。

まぁ、その時はその時だ。
もしもバレてしまったら…どうするかは、その時に考えよう。


今日は、思わず…
寝室に逃げるように飛び込んだりしてしまったけれど
明日からは、なるべく今まで通りに振舞って
不自然にならないようにしないとね。


…少し眠くなって来た頭で
つらつらと、そんな事を考え…

ゆっくりと、夢路の世界へと旅立った。







+++++
+++








オペラの日から、数日後…
再び、予定外のパーティーに参加する事になった。

これも先日のパーティ同様に急遽参加を決めた物であり
参加者名簿はまだ無いとの事だ。


今度のパーティには、アレックス夫妻も
そしてパオロも確実に参加するらしい。

前回はパオロと接触が出来なかったし
今回は、アレックス夫妻に紹介して貰うような自然な形で
パオロと接触をする良いチャンスだという事で、参加する事になった。




今回の会場は、大きな劇場を貸切にしているそうで
参加人数も多く、規模もかなり大きなパーティであるらしい。
主催者は、隣街に住んでいる大物実業家。
この地方ではかなり名の知れた実業家の1人。

前回の主催者同様
裏社会とも活発に取引をしていると噂の人物なのだが、
政財界にかなり顔が効く人物であるので
この地域の名士という名士が大勢集まるらしい。





前回は着物にして、失敗だったので
今度は洋風のドレスにしようとは思うけれど
どの服にするかで、直前まで迷った。

色々と考えて…
あまりお子様に見えないようにしたいと思って悩んだ結果
滅多に着る事のない、かなり大人っぽいデザインの
イブニングドレスを着用する事にした。




衣装部屋で着替えて
大きな鏡に自分の姿を映して見る。


今回のドレスは
…所謂、“真紅の薔薇”を思わせる色とデザインの物。

嫌味のない落ち着いた濃くて上品な紅色の
大人っぽいドレス。

裾に向かってスーと幾重にも
綺麗なラインを描いている優雅なデザイン。

しゃなり、と歩くのに合わせて
…そのラインが美しく揺れる。





胸元が大きくあいたドレスに合わせて
ジュエリーは濃いめのルビーを使った物を選ぶ。
とても大胆なデザインの物で、ドレスにも良く合う。

そして、お化粧も何時もより少しだけ濃くして
少しは妖艶さでも出せないかと試行錯誤したメイクにした。

髪も、上で綺麗に纏めただけでなく
ワザと少し髪を垂らして変化をつけた髪型にした。



…うん。

我ながら…何時もよりは
少し年齢が上に見える…と思う。

少なくとも
先日の着物の時のように10代には見えないだろう。


鏡の前で、もう一度ぐるりと一周して最終確認をして
ドキドキしながら…
リビングで待っている恭弥さんの所に向かった。









リビングに入ると、既に着替えを終えた恭弥さんが
ソファーで地元の新聞を読んでいた。


「お待たせしました。」


と、そう声を掛けると、恭弥さんが私に視線を向け…



そして…、そして…。

何故か、固まってしまった。





…え…。

も、もしかして…この格好はNGだったのだろうか?



やり過ぎだっただろうか?
もしかして…呆れられた?似合わない?

…ど、どうしよう…。




無言のまま、驚いた顔で私を見ている恭弥さんを見て
私も何も言えなくなり

お互いに無言で見つめ合った。


(…………。)


(…………。)







…ううぅ……これは…気不味い。
やっぱり、少し背伸びをし過ぎたのだろうか?




やはり、もう少し普通のドレスに着替え直そう!

そう思ってクルリと後ろを向き
急いで衣装部屋に消えようとしたら…



…!っ…



気が付いたら、恭弥さんにパシッと腕を掴まれていた。



「…何処に行くの。」



「あ、あの…着替えて来ようと思いまして。」



「着替え?」



「はい…、あの…もう少し普通のドレスにします。」







「それで良い。」



「……え?…でも…。」



「そのドレスで良いよ。…似合っているし。」



「え…?これ、似合って…ますか?…あの、私は…逆なんだろうと思って…。」







恭弥さんの意外な言葉に驚いて
しっかり振り向いて、恭弥さんの顔を見る。

すると…
スッと恭弥さんの手が伸びて来て
少しだけ顔にかかっていた髪を避けながら…



「…メイクも、変えているんだね。」



「…はい…。」



「何時もより、かなり大人びていて…今日のパーティには相応しいと思うよ。」



「…そう…、ですか?…あの…変ではないですか?」



「さっきも言ったけれど…似合っている。正直、最初に見た時は意外に思って驚いたけれどね。」
「…だが、偶には…こんな君も良いね。」




直ぐ目の前で
…ふっと、少し妖艶な笑みで言われ…ドキドキする。

何時もの紳士な恭弥さんとは
少し違う表情に心臓が煩くなって来た。



恥ずかしくなり視線を合わせている事が出来なくて
…床に視線を落とす。

すると、頭上でふっと笑う気配がして…
床を見ていた私の視線を遮るように、恭弥さんの手が差し出されて



「…行こうか。」


と穏やかな声で告げられた。




手を乗せて、ゆっくり顔を上げると
…とても穏やかな表情の恭弥さんが私を見つめていた。












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