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虹の彼方 104





驚いている私に
アレックス夫人が優しく尋ねて来る。



「もしかして…彼との婚約は急に決まったのかしら?」



「…え…あ、…はい、そうです。」



「…やっぱり。お家の事情とか、お仕事の都合とか、そんな感じかしら?」



「…ええ、まぁ…そんな感じです。」



本当は、任務開始日にイキナリ告げられた『設定』なのだけれど
…『急に決まった』のは事実だ。









「そうなのね。…だから貴女は“まだ恋をしている真っ最中”なのね。」



何かに納得したように
大きく頷いた夫人をキョトンとした顔で見る。



「…え…あの…」



「元々、ある程度は彼の事をご存じだったのでしょう?」



「…はい。」


素直に頷く。
それは間違いではない。








「で、何かの理由で急に婚約が決まって、こうして一緒に、彼の仕事に同行する旅をしてみて…」
「一緒に居る内に…以前に思っていたよりも、もっと彼が素晴らしい事に気が付いた。」
「……違うかしら?」




「…はい。その通りです。」



私の答えを聞いて、夫人はにこにこしてる。








「思っていた以上に…彼が、素晴らしい人である事に気が付いた貴女は…」
「彼と一緒に居る事に、気後れしてしまったのね。」




「…はい…。」


それも事実なので、再び頷く。


一緒に居ればいる程…ドンドン自分が惨めに思える程だと言えば
少々…大袈裟かもしれないけれど正直、それにかなり近い心境だ。









「…ねぇ、気が付いているかしら?」


急に問われて…何の事だろうか?
とキョトンとする。




「その状態って…彼がただの知人や友人なら、気にならない様な事なのよ?」
「いえ寧ろ、そんな素晴らしい友人がいたら誇らしく思うでしょうね。」




「…そう、ですね…」

確かに…夫人の言う通りかもしれない。






「でも…貴女は、傍に居る事に不安を感じている。」
「…それが…恋をしているって事なのよ?」



「……え……」


にっこりと柔らかい笑顔で
でも…キッパリと言い切られて…困惑する。




「…………。」



…これが…恋…?

本当に…私が…恋をしているの?



…それも、よりによって恭弥さんに…対して?






私達とは、少しだけ離れた所で
アレックスと楽しそうに会話をしている恭弥さんの方を
チラリと盗み見るように…見る。


いや、まさか…そんな筈はない。



確かに、恭弥さんは素晴らしい人だと感じているし…
傍にいると気後れしたり
最近、何かと気になっているのは事実だけど。


でも、恋とは違う…筈だ。

…たぶん…。







それに…そもそも私は、恭弥さんを怖がっていた筈で。
仕事の為に…仕方なく一緒に居るのであって…。



(…………。)



いえ、違う。



恭弥さんの事を怖いと思ったのは…
初期のほんの一時期だけだった。

…その後は…。

その後は…一緒に居る事が…嬉しかった、ように思う。



仕事の為に一緒に欧州に旅立つ日に
『恋人で婚約者役』だと急に告げられても…
とても驚きはしたけれど…不思議と嫌ではなかった。




(…………。)






そこまで考えた所で…
隣でにこにこしている夫人に視線を移す。

…と…


「ご自分のお気持ちに…気が付いたかしら?」



「…………。」



「婚約までしていて…今更、恋なんて…と思うかもしれないけれど…」
「でもね…それはとても素敵な事なのよ?」



「…?…。…素敵な事、ですか…?」







「ええ、そう。女性はね…恋をすると自分を高めようと、とても努力をするわ。」
「それは、とても良い事だと思わない?」



「…はい。自分を高めようとするのは…素晴らしい事だと思います。」


素直に頷く。





「だからね…私は今でも夫に恋をしてるの。」



「…え?…今でも、ですか…?」


聞いて少し驚く。








「もう夫婦になって何十年も経っているのに…変だと思うかしら?」
「でも本当なのよ。夫の事を心から愛しているのと同時に…今でも私は彼に恋をしているの。」
「だってね何十年と一緒にいても…彼の素晴らしさや魅力の発見を、毎日…出来るの。」




「…毎日…ですか?」




「そう…毎日発見しても、足りない程に素敵な人なんですもの。」



少しお茶目な言い方で言う夫人の言葉を…黙って聞く。







「実際は彼の素敵な部分を毎日、再確認しているだけかもしれないわ。」
「でも、私には…日々、新たな彼の魅力を発見している気分になっていて……」
「…そしてね…毎日、彼に恋をするの。」




「…毎日、恋を…」






愛おしそうに、夫のアレックスを見詰める夫人の視線を辿り
私も、アレックスと恭弥さんが楽しそうに会話している場面を見詰める。

自分の夫に、何十年間も毎日、毎日恋し続けるなんて事
…本当に出来るのだろうか。

でも、アレックス夫妻の仲睦まじさを見れば
…本当の事なのだろうとも…思える。











再び、隣の夫人が話し掛けて来る。


「貴女は…素晴らしいお嬢さんよ。」
「どうか、もっと自信を持って。……ね?」




そう言えば先程…恭弥さんにも同じ事を言われた。
あれは…
今の婦人と同じような事を言いたかったのだろうか?



「…………。…有難うございます。」



「そしてね…貴女の事を、とても大事にしている彼を…信じてあげて?」
「彼が、貴女をどんなに大切に思っているのか…周囲で見ている者にはハッキリと解るの。」
「私の言葉を信じて、どうか…もう少し自分に自信を持ってね。」




にこりと柔らかく微笑みながら言われ…
戸惑いつつも小さな声で


「…はい…」

と返事をした。









丁度、その時…休憩が終わり、
次の開幕まで5分である事を知らせるベルが鳴った。

会話を打ち切り
少し離れた所にいたアレックスと恭弥さんが近づいて来る。


アレックスが夫人に…

「おしゃべりは、もう良いかい?」

とニコニコしながら話し掛ける。



夫人が…

「ええ。席に戻りましょうか。」

と答えると、スッと腕を差し出し
嬉しそうに夫人をエスコートしつつ


「では、我々はお先に…」

とその場を去って行った。







二人の去りゆく後ろ姿から、なかなか目が離せずに
…暫くの間じっと見てしまった。


…と…、恭弥さんが…


「随分、楽しそうに会話が弾んでいたようだね。…何を話していたんだい?」

と笑顔で尋ねて来た。



…が、流石に、先ほどの内容を言う訳には行かない。

かと言って嘘を言う訳にもいかない。



…そこで…

「…女同士の…秘密です。」

ボソリと、そう答えると…。

恭弥さんは少し驚いた顔をして、でも嬉しそうに。


「…そう。」




そう答えた後は、其れっきり、内容をしつこく尋ねて来る事はなく
…優雅にエスコートして貰い、席に戻った。









その後、オペラの閉幕まで特に何の問題もなく進み
オペラは大喝采の内に幕を閉じた。

会場を後にする大勢の人の流れの中で
比較的席が近くだったアレックス夫妻と
少しだけ離れた距離で、お互いに視線が絡む。


どちらからともなく、笑顔で軽く挨拶をした後
…夫人は私の方をじっと見た後に、
スッと隣の恭弥さんに視線を移してチラリと見て
再び私に視線を戻した後に、にっこりと極上の笑みを浮かべた。


まるで…

『大丈夫、自分に自信を持って』

と、視線で言われたように感じた。





















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あきゅろす。
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