[携帯モード] [URL送信]

Present
9000hitキリリク/文


御屋形様専用羅針盤













「御屋形様は〜」

どこ〜?
なんて置いてけぼりを喰らった子供みたいにトボトボと、池田勝三郎恒興は廊下をうろうろしていた。
さっきまで縁側で転がっている信長の隣に転がって昼寝をしていたのだが、目を覚ますとその愛しい彼がいなくなってしまっていたのである。
恒興としてはそれは大事件だった。
まるで捨てられた仔犬のようにしゅんとして、小牧山城内をうろうろうろうろ…。
庭に面した廊下を通りかかると、いつものように親友の前田又左衛門利家と佐々内蔵助成政が組手をしているのを見つけた。
丁度、利家が成政に一本背負いを敢行したが、投げられながら地面に足をがっちりついた成政が今度は利家の腕を捻り上げようとしているところだった。
目にも止まらぬ速さである。
決して邪魔をしてはいけない決闘のように見える…のだが、恒興にとってそんなことはどうでもよかった。
一番大事なことは“御屋形様を探すこと”である。

「まーえーちゃぁ〜ん、なぁりぃ〜っ!」

目を血走らせて戦っていた二人が、取っ組み合いながらこちらを見た。

「おー…ハァハァ…池ぇ…うっ痛」
「なんだっ…邪魔を…ハァっ…するなっ…ぐっ…足を踏むなっ!」
「あのねーっ、二人共、御屋形様知らない???」
「「知るかっ!!」」

そしてまた、利家と成政はたった二人だけの大乱闘に突入してしまった。
本当にただの決闘にしか見えない。
鍛錬の組手をする気が本当にあるのかどうか…。
恒興は一際肩を落としてしゅんとして、またトボトボと歩き始めた。
とりあえず信長の部屋に行ってみるつもりである。
もう午後だし、もしかしたら部屋で大好きなみたらし団子か金平糖かをむさぼり食べているかもしれない。

「御屋形様とおやつ食べたいな〜♪」

少しばかり元気になってから遠くない信長の部屋についたが、残念、がらりと襖を開いて中を覗き込んでも、あの線の細い美しすぎる茶色い髪がゆらゆら揺れている光景を見ることはできなかった。

「…いない…」

もはや涙目。
ぐずぐずしていると、部屋の襖を開けて信長の妻の濃が現れた。
途端、真夏の太陽と見紛う程の笑顔になる程、とんでもなく感情の起伏が激しい。

「あーっ、御内室様だぁっ!」
「あら、池田殿」
「あのねー、御屋形様見てなぁい?」
「殿ですか?殿なら先程みたらし団子を持ってどこかへ行ってしまいましたよ」
「やっぱりおやつだ!」

“どっかで食べるんだ!”と思い、恒興は心が躍った。
今から追いかければ“一緒におやつ”というデートができるではないか!
これは物凄く…ものすごぉぉぉぉぉおく素敵なことである。
恒興は濃に丁寧にお礼を言って、廊下をずだだだと走り出した。
どこに行けばいいのかもわからないが無我夢中でひた走っていたので、廊下の突き当たりででかい二人に激突した。
かなりの高速移動をしていた恒興は尻餅をついてしまったが、ぶつかってしまった二人はそこに立っていた。

「大丈夫かい、池田君」

と、手を差し伸べてくれたのは織田の紳士で元女たらしの佐久間半羽介信盛である。

「ごめんなさい、信盛様…」
「いいよ」

信盛は“元気なことはいいことだ”なんて言いながら、恒興を引っ張って立たせてくれた。

「しっかり前を見なさい!」

その隣で何やら重そうな書物数冊を持って厳しい目で恒興を睨んでいるのは、柴田権六勝家だった。
信盛の優しく深い緑色の瞳とは逆の、厳格な銀眼である。
ちなみに恒興も銀眼なのだが、同じ色だというのにその瞳から受ける印象は随分違ったものだ。

「ぶつかった相手が我らであったからよいものを、もし信長様であったらお前は責任が取れるのか」
「…あーっ!!うん、柴っちゃん!御屋形様を探してるのーっ、知らない??」
「阿呆!儂の話を聞きなさ…」
「殿ならば、北の櫓の近くにいたのを見たよ」
「え、本当?佐久間やん!」
「お前はまた、上司をそのような呼び方で…」

恒興は織田家中では絶大な力を持っている信盛に対して普段は“様”付けで呼ぼうと頑張っているが、感情が高まるとついつい変なあだ名で呼んでしまうのである。

「じゃ、行ってくるね〜。ありがとうっ」
「こらっ!勝三郎!!」

“御屋形様”“北の櫓”“おやつデート”…もう恒興の頭の中はその三つのワードで満たされるばかりである。
勝家の口煩い説教など、右から左どころか右にさえ入っていない。

「北北北北北北北北北北…」

そんなこと呪文の如くに呟きながら走っても、何故か息の切れない不思議な恒興。
“きっとこれは御屋形様への愛の力だっちゃ♪”なんて馬鹿なことを思いながら…恒興は北の櫓付近に到着した。
草鞋を履いてからぴょんと庭に下りてきょろきょろするが、信長の姿はない。
この近くにはいないようだ。
信長が近くにいると恒興に内蔵されている“御屋形様レーダー”が反応して後頭部の髪の毛がぴょこんと撥ねるはずである。
それはもう、あのちゃんちゃんこを着た日本一有名な妖怪のように。

「あ!」

どうしようかと考えていると、櫓の影から一人の下人が現れた。
恒興はその下人を知っている。
親友利家が信長の茶汲み坊主の拾阿弥を殴り殺して腹切りさせられそうになったとき、一緒に信長に土下座した下人だったからだ。
しかし恒興、名前はわからない。
利家と仲のいい下人だ…としか認識していなかった。
だから、外見で呼んだ。

「お猿、お猿」

すると、下人がこちらを向いた。
当然日吉である。

「池田様!」
「いいよ、そのままで。…御屋形様知らない?」

地面に膝をつこうとする日吉ににっこり笑いかけて、恒興はもう何度目になるか、信長の居場所を尋ねた。
すると日吉はもじもじした。

「あ、知ってるんだなっ」
「あ…いや…でも…」
「あー!脱走したんだろっ!」
「……」
「教えていいよ。俺、別に御屋形様を連れ戻しに行くわけじゃないから」
「……でも、場所は知らないんです。さっき馬を一頭引っ張って出て行きました…」
「やっぱりっ!!」

“ありがとうっ”と警察官のように敬礼しながら言って、口で“ばびゅーん!!”とか効果音を叫んで恒興は厩に突入した。
そして自分の栗毛の馬を引っ張って、信長を探しに遂に城外に飛び出した。
まさに、恋は盲目。
恒興はひた走った。
田園風景の中をひたすらに駆けた。
駆けながら…うーんと目一杯考える。
考えて考えて考えて………結果わからなかったので、これはもう本能に頼るしかないとばかり、適当に馬を走らせた。
走らせて走らせて走らせて…遂に馬がバテた。
休みゼロで暴走していたのだから、当然である。

「…休もっか」

そんなわけで恒興は馬を河辺の木に結んで、自分は近くの丘に登った。
ほんの少し小高いだけだったが周りには畑しか拡がっていないような場所なので、それはもう美濃の連山影までが見渡せた。

「…俺、見つけられないのかなぁ…」

なんだか悲しくなってきて、膝を抱えて座る。
初夏の風がふーっと吹いて来て、恒興を優しくよしよしと撫でてまた去ってゆく。
それでも大好きな大好きな御屋形様を探しだせなかった悲しさは癒えなかった。
恒興はごろりと草の上に転がった。
雲ひとつない、青空。
それは暫くその銀白色の瞳に映っていたが…。





--------





信長は目をまん丸にして、驚きを隠せずにいた。

「…なんでこいつがココにいるんだ?」

変だ。
縁側で目覚めた自分の隣で気持ちよさそうに寝ていたから、起こしては可哀想だと思ってそのまま放置して城をこっそり抜け出したのに。
何故この信長がお気に入りにしている場所で寝転がっているのだろう?
まさか瞬間移動!?
いやいやまさか。
多分自分が屋敷を出た直ぐ後くらいに目を覚まして、自分を探しにひた走ったのだろう。
まぁなんと可愛らしい臣下だろか。
確かに信長は随分ゆるりと馬に揺られていたし、若君の頃から贔屓にしている百姓頭のところに顔を出したりしたが、それにしても結果先回りとは。
というかどうして自分がここに向かっていることに気付いたのだろう?
信長はぼりぼり頭を掻いたが考えるのが面倒になって、恒興の隣に腰を下ろしてぼーっとした。
ぼーっとしながら包みから取りだした団子を食べた。
全部で三本。
全て自分で食べる気満々だったが…。

「…おい、池田」

信長は今度は放置せず、恒興を揺さぶった。
が、恒興は起きなかった。
むにゃむにゃと“おーやーかーたーさーまー”とかなんとか言っている。
信長はふふっと笑った。

「…ま、いっか」

そう言って、ついさっきまで恒興が見ていた雲ひとつない空を信長も見上げる。
そして大好物のみたらし団子は一本、まだ竹包みの中に残っているのだった。











どこにいても探しちゃう。
結局見つけちゃう。
だってね、だって…



大好きだもん♪














end










*********

お茶らけて面倒くさがりでぷらぷらしてる勝三郎君ですが、御屋形様のためならえんこらしょー(何
何度か書いたことがあるかもしれませんが、勝三郎には御屋形様探知機が内蔵されてます。
そのレーダーはかなり正確で、信長が近くにいると頭のてっぺんの髪の毛がぴょーんと一房跳ね上がります。
あと信長が「池田はどこにいる」とか言うと、一キロ以内にいるならすぐにぶっ飛んできます。
多分、一キロ走るのがオリンピック選手並み(笑
あ、ちなみに御屋形様レーダーが反応してる池田の図は今日の夜に更新する日記の添付にします(2010 7/19)。

神夜様、リクエストありがとうございましたーっ!
こんな辺境サイトの小説を気に入って頂けて本当に感謝です。
これからもマイペース更新頑張りますので、よろしくお願いしますっ!!

*back**next*

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!