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霧雨幻想


今日も雨が降っていた。
細かな水滴が硝子に当たって砕ける様は何とも呆気ない。
それを見つめていると、嫌なことを思い出す。


あの忌々しい双子の兄に水溜まりに落とされたこと。

長期任務中に風邪をひいて上手く殺れなかったこと。

マーモンに、別れを告げたこと。


そういや、日本じゃこういう天気は“霧雨”って言うんだったな。
……霧とか、すげぇ嫌な名前じゃね?

そういえば現在(いま)の霧は何処にいるのだろう。
今朝から見ていない。
……探すか?

ベルが一人思案していると、グッドタイミングでスクアーロが通りかかった。
「おいベル、フラン知らねえかぁ?任務は終わった筈なのに報告書を出しに来ねぇ」
「はぁ?オレが知る訳ないじゃん」
オレも今それを聞こうとしてたんだから。
そう続けるとスクアーロはチッと舌打ちして足早に去っていった。
何となくムカついたのでナイフを投げておいた(全部避けられたが)




「おいカエル。返事しろよカエル」

結局探しに来てしまった。

意識しなければ良かったものを、一度意識すると気になって仕方ないのが人間の性。
そんな言い訳じみたことを考えながら気配を探っていると、少慣れた気配がある。

「おい、カエル」
声をかければ、あまり良好とは言えない視界の隅で黒い物体が身動きした。

「あー……ベルセンパイ……?」

その適当な返事に何だよ心配なかったじゃんと思いつつ近づけば、大木に寄りかかったままのフランの顔色が悪い。
風邪でも引いたかと珍しくも慌てて引き摺り起こせば、拍子にずり落ちたコートは濡れて重くなっていた。

いったい何してたんだコイツ。
「何やってんだよオマエ。馬鹿じゃねぇの?」

非難気味の声を出せば、不機嫌そうな言葉が帰ってきた。
「嫌いなんですー」
「は?」
「雨。特にこういう雨、ミーは大っ嫌いなんですよー」
カエルの癖に雨嫌いなのかよ。
思ったことを口にしたら、いつも通りに黙れ堕王子と返ってきた。
カエルの癖に生意気だ。

「こういう天気、霧雨って言うじゃないですかー。多分そのせいだと思うんですよねー」
「自分の属性じゃん」
「……まあ、確かにミーの属性でもありますけどねー」

言葉を濁したきり口を開かないフラン。

雨に煙ったように虚ろな瞳が、地に落ちる雨を辿って上下していた。
何となくそれに合わせて
視線を動かせば、フランの全身が視界に入る。

かなり濡れてんじゃねぇかと思うと同時に、コイツの髪は綺麗な翡翠色をしていると、ふと感じた。

「……?」

視線を感じたのかくるりと振り返ったフランは、しかし自分を通り越してぼんやりと上空を見上げていて。
その視線が、自分を見やしないかと一瞬でも考えた自分が馬鹿馬鹿しい。

しとしと、

幽かな雨音が耳を犯す。

聴覚も、嗅覚も、何もかも消えて。

視覚だけが機能して、翡翠色を映し出す。


ふと、目の前に何か見覚えのある奴がいる気がした。
それは、今はもういない虹の一色。

「……ちっ」
「どうかしたしましたー?」

呟いた言葉に振り返ったのは、ちゃんとフランで。

なのに、それが何故か妙に悲しかった。

「……センパイ、?……」

カエルのせいで何か気分悪いし。
うぜー、そう呟けば煩い堕王子と返る軽口。

――突然、目の端から水滴が一粒流れた気がした。

これはきっと、霧雨のせいでフランがぼやけて見えるからだ。
悲しいからなんかじゃない。
きっと、貪欲なアイツが何かやらかしたから。

青い雨に濡れた翡翠が――藍色の幻覚に見えただけだ。

*霧雨幻想

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