テニス短編
ねぼう *仁王
『ごめん…!!今起きたぁ!』
申し訳なさそうな「おはよう」の後に聞こえてきたのは、そんな泣きそうな名前の声だった。
「全然問題ないぜよ。ゆっくり来んしゃい」
ごめんを繰り返す名前に、俺は出来るだけの優しい声で告げた。
俺は全然怒ってないということを伝えて、安心させたかったんじゃ。
寧ろ待ち合わせの時間になっても来ないことを心底心配しとったから、ただの寝坊で、元気な声を聞かせてくれたことに感謝しとるぐらいじゃ。
『ありがとっ…ごめんね!すぐ行くからね!』
また後で、と通話を終える。
俺のために慌てる名前が本当に可愛かった。寝起きのほわんとした声も聞けたし、結構得した気分じゃ。
それから30分くらいは待っただろうか。
いつも待ち合わせで使う、駅の、なんだかよく分からんモニュメントの近く。
特に何をするわけでもなく、ただ行き交う人を見ていた。
俺は基本待つのは嫌いだが、名前だけは、いつまでも待っていられる。
この待つ時のそわそわする気持ちも心地好い。
付き合って最初の頃はドキドキし過ぎて、顔に出さんようにするのが必死じゃったが。
そんなことを思い出していたら、人込みの中から、こちらに向かってくる愛しい姿を見つけた。
「ごめんね!はぁ、お待たせっ」
走ってきてくれたのか、名前は息を切らせていた。
少し乱れてはいるが、いつも通りの可愛い名前。
だがただ一箇所だけ違うところがあって、俺はそこから目が離せなくなっとった。
「あ、あんまり見ないで…」
名前は俯せで眠るのが好きだから。
いつも綺麗にセットされている前髪が、今日はその左側の一部分が、あらぬ方向に跳ねていた。
「何やっても直らなくてっ…うぅ」
猫のように、わしゃわしゃと前髪に手櫛をかける名前。
だが手を話した瞬間、ぴよんっともとに戻った。
「ぷっ、はははは!可愛いなり〜」
「か、可愛くないよぉ!もぅやだあぁっ…」
そしてまた名前は、涙目になりながら必死に手櫛かける。
俺はそんな名前の前髪を、くしゃりと撫でた。
いや、本当に可愛い。
それに寝起きすぐの、ふわふわとした間の抜けた感じが残っていて、甘い雰囲気……やばい、このまま持って帰りたい。
「もう最悪だぁ…!仁王君に嫌われたっ」
「何言っとるぜよ。可愛いと言っとるきに」
「うわーん!」
今度はよしよしと撫でてやる。
そして手を離すとやっぱり、前髪は斜め上方向に跳ねた。
「しかし面白いくらいに跳ねとるのぅ。漫画みたいじゃな。もう芸術じゃ」
「褒めてるの、けなしてるの?」
「面白がっとるぜよ」
「もう、寝坊なんか絶対しないっ…」
さぁ。これから楽しいデートの始まりじゃ。
少しほわっとした髪型の、可愛いお姫様と一緒に。
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