テニス短編
雪 *白石
降ってくる雪を見つめる苗字があまりに儚いから、その雪の地に、愛しい男でもいるのかと思った。
「っ、白石君!?」
気付いたら俺は苗字を抱きしめていた。それはもう、衝動的に。
「なぁ苗字…帰りたいん?」
「え…」
苗字は今年、北海道から転校してきた。
3年生という微妙な時期に。
苗字が担任に連れられ、初めて教室に入ってきた時のことは、よく覚えている。
苗字は白くて、綺麗で、儚げで、まるで雪みたいやと思った。
北海道から越して来たという担任の言葉に、納得した。
周りは北海道と聞いて騒いでいたが、俺は本当に妙にしっくりきていて、苗字をじっと見つめているだけだった。
自己紹介する苗字は相当照れとって、びくびくしとって、ほんま可愛かったわ。可愛い声しとるなぁとも思た。
ほんま、白うさぎやな――なんて思いながら、頬杖付いて、少し笑ってしもた。
苗字にいつから惹かれていたのかと考えたら、あの時、もう出会った瞬間やったと思う。
一目惚れ、っちゅうやつや。
「大阪は、嫌か?」
「白石君…く、苦しい…」
強く抱きしめすぎていたことに気付いて、苗字を離す。
「どうしたの、いきなりっ…」
苗字の白いほっぺは、今は林檎みたいに赤く染まっていた。あぁ、めちゃくちゃ可愛ええな。
そういや俺はただの苗字のクラスメイトやん。そりゃびっくりするわな。
「苗字、北海道に男でもおんのか?」
「えぇ!?」
「めっちゃ切なそうな顔しとったで」
「そ、そうなの!?」
いないいない、と頭を振る苗字。
そうか、安心した。
「久しぶりな雪だったから、少し懐かしくなっちゃっただけ……ここは、初雪がこんなに遅いんだね」
「そう、やな」
言いながら空を見上げる苗字があんまり綺麗で、言葉が詰まってしまった。
そやな。北海道の初雪はもっと早いやろし、雪ももっと積もっとるんやろな。
でもこの街ではもう、今日の雪は明日には溶けてしまうやろな。
だから、
そんな、寂しそうな顔、すんなや…
「苗字!好きや…」
「しら、いしく」
「めっちゃ好きやねん!」
ぎゅうううっと、これでもかというくらい、苗字を抱きしめる。
もう自分の気持ち、抑えられへん。
「わたし…大阪に転校して来て良かったよ…。だって」
白石君に会えたんだもん。
その言葉が、抱きしめ返してくれる腕が、答えと受け取っていいのだろうか。
「…あかん…めっちゃ嬉しいわ……」
苗字はやっぱり雪や。
清くて、柔らかくて、可愛らしい。
だけど俺のこの熱は、冷ましてくれそうになかった。
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