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テニス短編
ななしのラブレター2 *跡部
最初に貰った手紙には『素敵な学生食堂をありがとうございました。毎日美味しいです。』だったか。


苗字名前。3年になって初めて同じクラスになった奴だ。だが、初めてな気がしなかった。俺はこいつと話したことがある気がした。だが、そんな記憶はない、完全に初対面。そんな不思議な気持ちの正体はすぐに分かった。あの手紙。あの手紙を書く女のイメージとぴったりなイメージの奴だったからだ。


あの便箋のパステルカラーのような。少し丸くて優しいあの文字のような。まじめで温かいあの文章のような。


馬鹿らしいと思った。そんなはずはない。俺がそうであってほしいと願っているだけだ……。




桜が舞う始業式。新しいクラス。そこで苗字を見た瞬間、これが世に言う一目惚れってやつかと思ったのを覚えている。ちょうど窓際にいた苗字の後ろで、桜の花びらが吹雪いた。花びらと、風に揺れる髪。その光景は一生忘れることはないだろう。そしてその時、あの手紙の雰囲気と似ているとも思ったのだ。本当に似ていたんだ。だが、それはあの手紙の主は俺に少なくとも好意を抱いてくれているわけで、もしそれが苗字なら嬉しい、そう思い込みたかっただけなのかもしれない。



だが、それから少し日が経った授業中、教師に当てられて黒板の前に立った苗字のその手から書かれていく文字を見た瞬間、確信した。そして同時に、一番後ろの席で良かったと心底思った。今の俺の顔は誰にも見せられない。俺は口元を手で押さえて、窓の外を見る振りをした。



それから俺がどうしたか。しばらくはこのままでいようと思った。どう行動すればいいか分からなかったからじゃねぇ。何せ俺はテニス部に生徒会に忙しい身。特に、今はテニスに集中したかった。手塚を倒して、全国制覇。それが今やらなければいけないことだったからだ。

クラスメイトとして、同じ空間にいられればそれで良かった。授業中の苗字を見つめたり、学校行事を一緒に参加したり。好きな奴がいる、それだけで、毎日がこんなにも華やぐことを知った。

そして部活中。苗字はたまにテニスコートへ部活を見に来てくれていた。控えめに遠くの方から。俺がいつも苗字の姿を探していたせいか、見に来てくれた日は必ず見つけられたと思う。前までは見学に来ている人集りに目を配ることなんてしたこともなかった。する必要がない。だが、もしもっと前から目を配っていたとしたら、もっと早く苗字を見つけられていたんだろうか。苗字は1年の頃から見守ってくれていた。今でも試合へは毎回来てくれる。誰に応援されようと気にしない俺様だったが、苗字が応援してくれていたと思ったら、心の真ん中が温かくなるのを感じた。

試合の後、一週間以内には手紙をくれていた苗字。多くの手紙をもらう中、なぜいつも苗字の手紙を見つけられていたか。


それは1年の時だ。いつの間にやらファンクラブができていて、ファンクラブ会長という奴からファンレターがいっぱい入った箱を渡された。正直どうしたものかと思った。とりあえず、一通読んでみるか、そう思って一番最初に手に取ったのが、苗字の手紙だった。綺麗な封筒、字も丁寧で好感が持てた。そして書いてある内容もクスッと笑えるものだったんだ。なかなかいい手紙を貰った。名前は何だ、と封筒も便箋も隅々まで探したが、書いていない。ただ『会員番号104番』とだけ書いてあった。俺の誕生日だな、なぜかそんなところまで可笑しく思えて、この手紙の主のことを気に入ったんだ。

それからファンクラブから手紙が届いた時は、いつも似たようなパステルカラーの花柄の封筒、封筒に書いてある宛名の文字、会員番号104番を目印に、率先してそいつの手紙を探して読んだ。時に便箋1枚だったり、3枚だったり。それは俺の、本当にささやかな楽しみになっていた。






時が過ぎ、夏が終わった。俺は負けた。手紙は、届かなかった。

負けちまったからな、嫌われちまったか。

1ヶ月余りを、そんな思いで過ごした。そして今日は俺の誕生日。

この日1日いろんな奴から祝われたが、気になっていたのは苗字のことだけだった。毎年プレゼントをくれていた苗字だったが、今年はどうなんだろうか。

騒がしい1日が終わり、帰り際ファンクラブから待ちに待っていたプレゼントBOXが届いた。それは何箱もあったが、ひとつだけ自分が乗る車に乗せ、あとはトラックに運ばせた。このひとつの箱を選んだのはただの直感だが、なぜか苗字からのプレゼントが入っていると確信したんだ。

帰り道、走る車の中、プレゼントBOXのなかを物色する。すぐに桜色の小さな紙袋が目に留まった。あった、これだ。今年も苗字からの贈り物があったことが素直に嬉しかった。はやる気持ちを抑えつつ、その中から手紙を取り出す。



『親愛なる跡部景吾さまへ。
お誕生日おめでとうございます。今年もお祝いすることができてとっても嬉しいです。全国大会、全部見に行きました。最後の試合も。ほんとはすぐにお手紙書きたかったのですが、うまく言葉にできなくて出せずにいました。本当にお疲れ様でした。全国制覇はできなかったけど、間違いなく氷帝テニス部が、跡部君が、この夏で1番かっこよかったです。胸を張って言えます、テニス部は全氷帝学園生の誇りだと。跡部君、大好きです。ずっとずっと大好きです。
跡部景吾ファンクラブ 会員番号104番』









両手で顔を覆う。顔が熱い。心臓がうるさい。

大好きなのは俺の方だ。ずっとずっと、好きだったのは。

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あきゅろす。
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