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テニス短編
ななしのラブレター *跡部
「これ、お願いします」

今日は10月4日。私は会長にプレゼントを渡す。会長と言っても生徒会長ではなくて、『跡部景吾ファンクラブ』の会長さんだけど。

「はい、確かに。…苗字さん、相変わらず名前書かないのね。いいの?それで」

「はい、大丈夫です」

私は会長ににっこりと笑って言った。



今日は跡部君のお誕生日。この日の女の子達は競うように跡部君にプレゼントを渡す。どうにか跡部君の印象に残ろうと必死だ。そのため毎年この日は跡部君に近寄ることも容易ではない。そんな中、ファンクラブでは跡部君へのプレゼントをまとめて入れるBOXを用意してある。これは直接渡せなかった子や渡す勇気のない子が入れるためのものだ。私はもちろん後者だけど、でもこっちの方が確実に跡部君の手に渡るので毎年ここに預けることにしている。


私が初めて跡部君に手紙を出したのは、1年生の頃。それから何通か手紙を書いて、跡部君の誕生日やバレンタインも欠かさずプレゼントと手紙を渡している。でもそれのどれにも自分の名前は書いていない。私はただの跡部君のファンクラブの会員で、大勢の中のひとり。自分が一方的に気持ちを伝えているだけ。読んでもらえているかも分からないし、返事をもらえるとも思っていないので、それでいいのだ。

いつも贈るのは、テニスがんばってください、とか、この間の試合もかっこよかったです、とかそういう言葉。ありきたりな、よくある言葉。時に便箋1枚だったり、3枚だったり。

でも、今回は少し違うことを書いた。

『跡部君、大好きです。ずっとずっと大好きです。』

ずっと書きたくても書けなかった言葉。書こうと思ったのは、全国大会の跡部君の最後の試合を見たからかもしれない。どうしてか分からないけど、好きって気持ちを伝えずにはいられなかった。





今年、跡部君と同じクラスになれたのは奇跡だと思う。3年生にして初めての同じクラス。寝込みそうになるくらい嬉しかった。でも同じクラスになれたからって話し掛けようとかそういう勇気はなかったし、私が跡部君のファンクラブ会員だってこともバレていないと思う。ただクラスメイトとして毎日跡部君の近くにいれることが本当に嬉しかった。


クラスメイトの特権というものがいくつかある。授業中の跡部君が見られたり、学校行事を一緒に参加できたり、いろいろある。今日だってそう。日直の日だ。私はクラスメイトが帰った後、日直の仕事を黙々とし、あとは日誌を書くだけとなった。私は自分の席へ着いて、ゆっくりと書く。


よし、書き終えた。後は先生に出しに行くだけ。でもその前に、ちょっと跡部君が日直をやった日のページを読んじゃおう。これがクラスメイトの特権、日直の特権。

私は日誌をペラペラと遡る。これだ、跡部君が書いたところ。字、綺麗だなぁ…書いてある内容もちゃんとしてるし、さすがだなぁ……。


読むのに集中していると、私の前の席に誰か座ったのに気付いた。忘れ物かな。私は顔を上げる。


「っ……」


思わず二度見してしまったし、心臓が止まるかと思った。だってそこには跡部君がいたから。跡部君が、椅子に横向きに座って、私の方を見ていたのだから。

「あっ、跡部君!?」

「苗字、何ひとのページ勝手に見てんだ?」

「え…?」

私は混乱の中、自分の手許を見る。そこにある日誌は跡部君のページを開いたままだった。

「あ!ちがっ…これは…!パラパラめくっててたまたま跡部君のページで止まっただけで…!」

「ふーん。にしてはさっきまで随分と凝視してたな」

「それは…」

跡部君、一体いつからいたのだろう…全然気付かなかった。うわぁ私の馬鹿……。私はもう恥ずかしくて顔が真っ赤だ。苦し紛れの言い訳を考える。

「あ、跡部君、字綺麗だなぁって…それだけ」

「なるほど、そいつはありがとよ。実は俺も、こいつの字好きだなぁって思う奴がいる」

「え…」

跡部君はいきなり何を言い出すのだろう。

「ファンレターを何通もくれているんだが、いかんせん名前が書いてねーんだ」

「ふ、ふーん…」

私と同じだ。まさか同じ行動をしてる子がいるなんて。どこの誰かは知らないけど、跡部君に字が好きだなんて思われるなんて、すごく羨ましい。そして少し嫉妬してしまう。

「先日の誕生日もプレゼントと手紙をくれたんだ。だがこの手紙、いつものファンレターとは違って、ラブレターだった。俺はこいつに返事をしなければならない」

そう言って跡部君は鞄から封筒を取り出して、中身を出した。あれ、なんかその封筒と便箋、すごく見覚えがある………。

「こういう字を書く奴なんだが、苗字知らねぇか?」

そう言うと跡部君はその便箋を広げて、私に見せてきた。


……そこにあったのは、間違いなく私の便箋、私の字だった。


私はどうしたらいいか分からず、目線を逸らす。

「っ…し、知らない……」

「そうか…」

どうして、私の手紙を…え、さっき跡部君なんて言ってたっけ……返事を、したい?まさか、そんなことって……。

「親愛なる跡部景吾さまへ。お誕生日おめでとうございます。今年も…」

「わああっ!なんで声出して読むの!?」

「なんだよ、俺が貰った手紙なんだからいいだろ?」

それはそうなんだけど、目の前で読まれるとすごく恥ずかしいというか…。というかもう今の状況がよく分からない…。

「なぁ苗字、もし間違いでなければ、この文字はお前が書く文字に非常に似ている気がするんだが…」

跡部君は私の便箋を、愛おしそうに見つめながら言う。

「今書いた日誌、見せてもらっていいか?」

「………………どうぞ」

私は観念して、跡部君に日誌を差し出す。跡部君はペラペラとページを捲って、私が今書いたばかりのページで止めた。

「フッ、同じだな、苗字」

跡部君は私に見えるように便箋と日誌を並べた。

「跡部君、どうして…」

「言っただろ、返事をするためだって」

そう言うと跡部君は私の目をまっすぐに見つめる。


「俺もお前が好きだ。ずっとずっと好きでした。俺で良ければ付き合ってください」


その言葉に、視界がぼやけるのを感じた。鼻の奥がツーンとして、目から涙がこぼれ出す。

跡部君はそんな私を見て困ったように笑って、頭を撫でてくれた。

「なんで泣くんだよ」

「っ、ごめ…ごめんっ…なさい…嬉しくて…………ほんとは、ちゃんと言いたかった……でもっ…勇気がなくて………あ、跡部君、好き…大好きっ………」

伝わらなくていいなんて嘘だった。ほんとは伝えたくて、伝えたくて、私だよ、って知ってもらいたかったんだ。

「これからは名前書けよ?まぁ、これからは手紙じゃなくて、毎日面と向かって『跡部君大好き』って言ってもらうけどな」

「…うんっ」

跡部君の言葉が嬉しくて、私は泣きながら笑っていた。


それから私が泣き止むのを待ってくれた跡部君は私の手を引いて、一緒に日誌を職員室に届けに行ってくれた。それからまた手を繋いで、一緒に帰る。

跡部君、あらためて、お誕生日おめでとう。少し過ぎてしまったけど、今度はちゃんと顔を見て、ちゃんと口で、言うことができた。

嬉しそうに笑う跡部君を見ながら、まだ両想いだということが嘘みたいで実感はないのだけど、来年もこうやって隣でお祝いできたらいいな、と思った。

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あきゅろす。
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