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00≫≫PARALLEL
愛を選んだ歓びを 5



ティエリアの膝でそのまま眠ってしまたのだろうか、リビングの硬いフローリングの上でカーテンの隙間から漏れた光に目を刺激され眠りから覚めた。

体にはタオルケットが掛けられ、テーブルの上に置かれたままの水が満たされたグラスの内側に付いたいくつもの気泡が時間の経過を教えてくれた。

どうやら最近の寝不足と昨夜のアルコールと、そしてティエリアが側に居た事で安心したのだろうか、久々に深い眠りの中で時間を過ごしたらしい。

とはいえこんな所で眠っていたのだから快適な睡眠には程遠く、体中が痛みに悲鳴を上げていた。

特に体の下に敷いていた左腕はギシギシと痛んでなかなか動かす事が出来ない。

その腕を何気なくさすった時、異変に気付いた。

Tシャツから延びる腕の内側。
蔦が這うように伸びる青い血管を辿る。

医者がわざと痛みを伴って皮膚に刺したはずの針の跡が無い。

いくら小さな傷とはいえ、昨日の今日で何も無かったように消える事なんてあるものか。

現に今までは普通なら気にも留めないその傷は、例えば痒みだったり、小さな瘡蓋でその存在を俺に示していたのだ。


まさか―――…


その考えが頭に浮かんだ瞬間、体が瞬時に反応しティエリアを探した。

リビング、キッチン、それぞれの部屋…家の至る所を手当たり次第に。

この家のどこにもティエリアの気配が無いと理解した時には、ドン!…と、胸を内側から殴られる衝撃のまま飛び出そうとしていた。

止めたのは、ジーンズのポケットに入ったままの端末から聞こえるコール音だった。

「ティエリア!?」

『ティエリア・アーデはここに居るよ』

俺を呼び出した端末のSOUNDONLYと表示されたホロモニターの向こうで、昨日世話になったばかりの医者は呑気な声で言った。

冷静になると、自分が裸足のまま部屋の外に飛び出している事に気が付いた。

こんな格好でどこに行こうと言うのか。

鍵が開いたままの部屋に戻り、医者の元へ向かう為に身支度を整えながら彼の話しを聞いた。


俺の予想は当たっていた。

消えた傷跡の真相は俺の体内に入ったティエリアのナノマシンによる高い再生能力の影響。

細胞異常を起こしていたそれを食い止める程度だったそれが、今は俺の体に定着し始めている。

『ナノマシンが君の体と拒絶を起こしていない証拠だと思えば喜ばしい事だ。だが…』

医者は一度言葉を切り、思わせ振りに続ける。

『君は人である事を辞める覚悟はあるかね?』

ピクリと右目の端が引き攣った。

振り切るようにキーを引っ掴むと今から車に乗る事を告げ、医者の言葉に応える事なく端末を切り愛車に乗り込んだ。




医者はいつもと変わらない飄々とした様子で、彼の住居スペースであるリビングに俺を迎え入れた。

白いソファに浅く腰掛けるティエリアの姿を目にして、俺は安堵した。
しかしティエリアは俺を見て酷く動揺している様子で、元々色の無い肌は蒼白になり震える唇も色を失っていた。

医者の趣味によって白で揃えられた部屋の中、ただ怯えたように揺れる瞳の赤が強調され俺の目にはいっそ美しく映った。

「―――悪かった」

震えるティエリアの謝罪の言葉に、軽い既視感が襲う。

右目を失った時と同じだ。

あの時は笑ってその言葉を受け入れられたのに。

「…そんな言葉が…聞きたいんじゃない」

「ごめんなさい…ごめんなさい…!」

ティエリアの悲痛な叫びに、言葉は喉に詰まってただ緩く首を振るしか出来ない。


謝罪の言葉を聞きたい訳じゃない。泣き顔を見たい訳じゃない。

愛してるんだ。だからお前が大切なんだよ。

それだけなのに、そんな単純な事なのに、今の俺はティエリアに罪悪感を押し付ける事しか出来ないでいる。

それでももう離れる事が出来ない。


ギリ、と奥歯を噛んで深く息を吸い込んだ。

「一緒に帰ろう。ティエリア」

膝の上で握り締め震える手を取った。
そしてもう一度『帰ろう』と言うと、ティエリアは逡巡の後ようやく頷いた。



ティエリアを助手席に乗せ、運転席に回り込むと珍しくパーキングまで送りに来た医者が言う。

「良いのかね?」

俺はそれに薄く笑って応えて、ティエリアが待つ車のドアを開けた。


もう覚悟は、出来ているんだ。

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あきゅろす。
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