00≫≫PARALLEL
愛を選んだ歓びを 4
家に帰り、ティエリアが部屋に居る事を確認するとすぐに買い置きの酒を煽った。
現実に立ち向かう為に酒を飲んでいた彼女の飲み方を真似てみたが、俺のそれはやはりただ逃げる為のものにしかならなくて半ば諦めて新しい酒の瓶に手を付けた。
楽しい時には甘く感じる酒が今は味なんてよく解らず、ただ苦く喉を焼く。
強かに酔いが全身に回り、それでも頭の中はこれから自分がティエリアに言うであろう言葉のシミュレーションを繰り返す。
笑って大人の余裕を見せるか、それとも冷たく突き放すか。
しかしどれも上手くいかない。
どの案も最後まで考える事が出来ず、結末はあやふやに消えていく。
ふと酔いに気を取られれば、想像の中のティエリアが『貴方と離れたくない』と都合の良い事を言い出す始末だ。
クク、と喉の奥で笑って瓶に直接口を付けて酒を流し込んだ。
空になった瓶を床に転がし、髪をくしゃくしゃに混ぜてテーブルに突っ伏した。
どうすれば良いんだ………。
堂々巡りの思考を放棄し、とうとう酒を飲む事すら億劫になってしまった。
徐々に薄く影が伸びる部屋の中で、ただ存在しているだけの時間がどれくらい過ぎたのだろうか。
コトン、と扉が開く音がした。
突っ伏したまま音のした方に視線を遣ると、ティエリアが怖ず怖ずとこちらの様子を伺っている。
視線が合って一瞬。
俺の現状を知ると、ティエリアは浅く溜め息を零した。
「…あまり飲み過ぎは良くない」
床に落ちたままのジャケットと空になった瓶を拾い上げたティエリアを、俺はぼんやりと見る。
ジャケットを俺の背のソファに引っ掛け、空の瓶同士がぶつかる耳障りな音を響かせながらティエリアはリビングからキッチンへと姿を消した。
俺は目を閉じて、聴覚を研ぎ澄ます。
瓶を置いて…グラスを取った。グラスに水を入れている、のか。
じっとティエリアの行動に耳を澄ますのは、ここ最近の癖だった。
そんな自分に嫌気を感じて目を開けた。
―――やっぱり、こんな馬鹿げた事はさっさと終わらせるべきだ。
俺はどこか壊れている。
真っ当に人を愛する事なんて出来ないんだ。
仮に好きだと、愛していると伝えた所で、俺はきっと失う恐怖から同じ行動を取るかもしれない。
そんなのはティエリアの負担になるだけで、結局は幸せなんてものは得られない。
もしもティエリアの心が他の誰かに向けられていたら、俺はティエリアの幸せの為に何だって出来るのに。
せめて離れてやる事しか出来ないじゃないか。
リビングに戻ったティエリアは水が満たされたグラスを俺の前に置いた。
飲むつもりは無かったが、反射的に置かれたグラスに手を伸ばす。
元々俺の様子を見に来ただけなのだろう。
そのまま部屋に戻ろうとするティエリアを呼びとめた。
「………ティエリア」
ティエリアは足を止めて俺を振り返ると、躊躇いがちに突っ伏したままの俺の傍らに膝をついた。
グラスから離した手がテーブルを滑ってティエリアの体を探す。
指先に触れるティエリアが好んで着ているニットの柔らかな感触。
それを辿って、腕を掴んだ。
言え。言うんだ。
『お前の提案を受け入れる事にした』
『少し離れて暮らそう』
『お前なんかいらない』
『出ていけ』
どれでも良い。言えよ。そうすれば救われる。
ティエリアが?―――違う、俺だ。
大切なものを失うのが怖い。
なら最初から大切なものなんて作らなければ良い。
要らない。欲しくない。
だから―――!!
「―――…」
用意していた言葉が一つも出てこなかった。
『離したくない。離れたくない』
それだけが真実だ。
ティエリアの腕から下した手をその腰に絡め、母に縋る子供のように俺はその腕に力を込めた。
「酔ってるんですか?」
少し困惑した様子のティエリアは、俺の肩に手を置いて軽く揺する。
「ん…ちょっと…飲み過ぎたみたいだな」
ティエリアの腹に顔を埋めながらくぐもった声で言うと、くすぐったいのかティエリアがクスクスと笑う。
「まったく…ほら、退いて下さい。動けない」
「やだね」
ティエリアが笑ったのが嬉しくて、わざとおどけて見せると『もう』と困った台詞の割に楽しそうな口調が聞こえてきた。
久し振りに得た穏やかな時間の中で、純粋にティエリアを想う気持ちと失う恐怖がせめぎ合って、心は悲鳴を上げていた。
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