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00≫≫PARALLEL
愛を選んだ歓びを 3



「少し血圧が低いな」

かつてソレスタルビーイングの関係者だったというモグリの、だが腕の確かな医者はデータを見ながら言う。

俺に問い掛けているのか、それとも独り言か………勝手に後者と決め付けて面倒な返事を省いた俺に『まぁ良いだろう』と、やはり俺に話し掛けているのか独り言か解らない口調で呟くと、俺の腕の内側を僅かに探りそして針を刺した。

いつもは痛みを感じないそれが今日に限ってチクリと痛みを伴って皮膚の下に潜り込むのに、やはりこの医者は最初から俺に話し掛けていたのだと苦笑した。

そういえば…と、その医者はティエリアの血液から作られた血清が満たされた合成樹脂のバッグと俺の腕に刺さる針を繋ぐチューブを弄りながら今度は確実に俺に視線を寄越しながら話し掛けた。

「ティエリア・アーデも少し疲れている顔をしていた」

それこそ独り言のような言葉に、はっきりと『何かあったのか』と尋ねれば良いのにと思いながらも僅かに肩を竦めて『答える気は無いよ』という意思を示すに留めた。

その反応で十分だと医者は満足そうに笑う。

この腕の良い医者の悪い所を強いて上げるとすれば、少しばかり患者のプライベートに首を突っ込み過ぎる事だろう。

呆れた溜め息を一つ零すと、笑いに歪めた口元をそのままに『気分が悪くなったら呼びなさい』と気遣う言葉一つを残して医者は隣の部屋への扉の向こうに姿を消した。



医療機関とはかけ離れた、本当に普通のアパートの一室。

そこに置かれた病院のそれとは違い随分と寝心地の良いスプリングの利いたベッドに体を沈めると、俺はゆっくりと目を閉じた。


あの時―――帰るとティエリアが荷物を纏めていた時―――からあまり眠れていなかった事を思う。

その日も今日と同じ点滴の後だったから、一月もの間だ。

深夜でも小さな物音…特にティエリアの部屋から聞こえてくるものに敏感に反応した。

銃を握っていた頃の、いつも緊張状態にいたあの感覚に似ているかもしれない。

口ではああ言ったが、ティエリアの気がいつ変わるか解らない。

いや、元々の考え―――つまり俺との生活を終わらせる事が最良だという考え―――をティエリアが簡単に変えるとは思えないと言った方が正しいのかもしれない。

もしも知らない間に出て行かれたらと思うと、眠る事さえ恐ろしくなった。

こうしている間も不安で仕方がない。


そこまで考えて、あまりの自分の女々しさに嫌気がさして閉じた目を開けた。

眩しさに目が眩み、瞬かせた後に映ったのは点滴のバッグに満たされた薄黄色の液体。

俺の腕に繋がり、体の中に少しずつ入ってくるそれを見て僅かに気持ちが落ち着いた気がした。

さっき医者が言っていた言葉を反芻する。

『ティエリア・アーデも少し疲れている顔をしていた』

俺の言動がティエリアに負担になっているのだろう。


―――離れよう。


少し、距離を置いた方が良い。

俺も疲れている。

大丈夫さ。こうして繋がっている。

俺はもう、どうあがいてもティエリアが居なければ生きていく事は出来ない。

だから俺は大丈夫。一人になるわけじゃない。

それよりもティエリアが心配だ。

俺のエゴに押し潰されてしまう前に、自由にしてあげなくては。

ティエリアが世界と関わりを持ち、人として成長する事を俺は願っている筈なのだから。


精一杯の強がりと、そうした方が良い理由を並べて俺は自分を納得させる。

大丈夫、大丈夫と呪文のように繰り返し、視線だけは一滴一滴静かに落ちる液体から逸らせずにいた。

繋がっている事に、縋るように。

next...

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