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00≫≫PARALLEL
愛を選んだ歓びを 1



一滴一滴静かに流れ、細い管を伝って腕に刺さった針から体内に入っていく薄黄色の液体を、俺はじっと見つめる。

再生治療の叶わない右目の義眼は少し調子が悪く、半分ぼやけた視界の中でまだ液体が半分以上も残っているのを確認すると自由になる左手で目を覆った。


ティエリアを庇った時の傷は視力以外にも思わぬ後遺症を残した。

直接浴びた疑似GN粒子の影響で細胞に異常を起こし、それは周囲の細胞をも侵食しているのだ。

それを食い止める手段がこの点滴。

これはティエリアの血液から作った血清で、俺はティエリアの血液中にあるナノマシンを定期的に移植する事で生き長らえている。

今はそれしか方法が無い。

毎回それなりの量の血液を提供してくれているティエリアに負担が無い筈がない。

何も言わないティエリアは、もしかしたらそれを償いとでも思っているのかもしれない。


不意に昨日のティエリアとの口論―――いや、口論にさえならなかった―――を思い出して、居た堪れない気分になる。

そうじゃないのに。

この状況に甘んじて相手を縛り付けているのは、むしろ俺の方なのに―――。




夕食を終え、部屋で本を読んでいた。

話題作だったがどうも俺には合っていないようで、つまらない文章に嫌気がさしていた時にそれはやってきた。

控え目なノックの音と共に、同居人であるティエリアが紫紺の髪を覗かせる。

「ニール」

二人で生活を始めて間もなく、ティエリアは俺を『ニール・ディランディ』と呼ぶようになった。

「…なに?」

ほんの少しだけ返事に躊躇いがあるのに、きっとティエリアは気付かない。

ティエリアがそう呼びたいのなら好きにすれば良い、と自由にさせているが俺の本心は違う。

気持ちが沈む俺に、怖ず怖ずとドアを開けて部屋に入ってきたティエリアは更に追い打ちを掛ける。

「一人で暮らしたい」

突然の言葉に咄嗟に対処が出来ない。

動揺しながらも、そんな事は億尾にも出さず手にした本をゆっくりと閉じてテーブルに置いた。

「………どうして?」

思っていたよりも低い声にティエリアの体が震える。

「血清は届ける。僕がそうしたい。だから…」

早口に言うティエリアの言葉を遮って、俺は体ごとティエリアに向けた。

「血清がどうとかじゃない。どうして一人で暮らしたいんだって聞いてるんだ」

「…自立、を…」

視線を逸らしたティエリアの腕を掴んで、こちらを向かせた。

「俺の目を見て話せ」

ティエリアは嘘が下手だ。

すぐに目を逸らす。言葉がどもる。


そして追い詰めれば泣く。


泣きだしたティエリアとは大した話し合いも出来ず、昨日を終えた。

今朝はどうしてもここに来なくてはいけなかった。

ティエリアは昨日採血を終えているから俺と出掛ける必要が無い。

恐ろしく行動力のあるティエリアが俺が居ない隙に出ていかないとも限らない。

「俺が居ない間に出て行ってみろ。二度とお前から血清は受け取らない」

そう卑怯にも脅してここに来た。




二人で一緒に暮らす事を提案した時、ティエリアは戸惑いながら頷いた。

断らない事を知っていたから俺はそれ以上を言わず、ティエリアの戸惑いも見ないふりをした。

一緒に暮らせばそれが当たり前になるだろうと思っていた。

ティエリアが俺に好意を持っているのは明白だったし、俺もきっと…。

だから、ただ一緒に居るだけで満たされるのだろうと勘違いをしていた。

実際はどうだろう。

心はこれだけ擦れ違っていて、そして離れようとしているじゃないか。


目を覆っていた左手を退けると、蛍光灯の明るさに目が眩む。

さっき確認した時よりも幾分か量が減ったティエリアの血液。

これしか俺達を繋ぐものが無い現状。

それをひしひしと感じながら、今はとにかくティエリアに会いたいと逸る気持ちを奥歯で噛み潰した。

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