01
「聞いてー。彼氏できちゃった」
語尾にハートをつけて言う友人に、私はくわえていた玉子焼きを落としそうになった。
「マジ!?え、この前別れたばっかじゃん」
机から身を乗り出し、向かいに座る友人に詰め寄る。
それなりに大声を出しても目立たない、たくさんの人がひしめく休憩室in駐屯所inお昼休み。
うふふと幸せオーラを隠そうともせず、彼女は続けた。
「ナンパされたの。わりと誠実そうな子でぇ、大学生なんだけど」
「また年下?ナンパする奴が誠実なわけないじゃん」
「でもあたしが初めてだったんだって!あ、なんか卑猥」
「嘘くさ〜」
弁当を片付け座り直し、ハッと気づく。
「え、じゃあ旅行は!?海外一緒に行こうって言ったよね!?」
「ごめん!彼氏とデートだから」
顔の前に両手を合わせる友人に、責める気も失せる。
「そんなぁ…」
「名前も彼氏作りなよ」
「いらないもん…」
机に突っ伏す私の頭を、友人が指でぷすぷす指す。
「はぁ…今年も一人夏休みかぁ…」
「そうなんだ?」
頭上から聞こえてきた声に、反射的に背筋が伸びる。
素早く振り返って、立ち上がった。
「「お疲れさまです、陣内さん!」」
「お疲れさま」
ふわりと笑うのは、私の上司の陣内さん。
顔良し、性格良し、仕事もできるという凄い人だ。
噂では41歳らしいが、全然老けとか衰えとかいうものが見つからない。
私のことも昔からよく気にかけてくれて、私が今でもここを続けていられる最大の理由はこの人だ。
陣内さんは違和感なく私の隣に座る。促されて私たちも座った。
「名字は夏休み予定無いの?」
「そうなんですよ。この子、彼氏の一人も作らないで。なんとか言ってやってください」
「ちょ、やめてよ!」
私たちのやり取りを笑いながら見ていた陣内さんが、スッと目を細めて言った。
「…じゃあさ、バイトしない?」
「え?」
「バイトって、陣内さん私たち公務員ですよ」
「ああ、正式に給料の出るやつじゃないんだよ」
私たちがハテナマークを浮かべる。
陣内さんは少し首をかしげ、
「41歳独身男と二泊三日の長野旅行…なんだけど」
な ん で す と。
私が混乱していると、友人が勢い良く手を上げる。
「はい!私行きます!」
「え、あんた彼氏は!?」
「陣内さんと比べたらカスよ、カス!」
小声で尋ねると、小声で恐ろしい言葉が返ってきた。
「で、でも何するかすらわからないのに…」
「陣内さんガード堅いので有名だし、こんなチャンス滅多にないって!ほら、名前も!」
「え?あ…」
微笑む陣内さんに、友人にせき立てられるような形で、手を上げた。
「わ、私も行きます!」
「ありがとう。でも二人じゃ多いかな…募集人員、一名なんだよね」
「あ、私夏いっぱいは彼氏とデートでした!」
「えぇ!?」
友人がコロリと態度を変えた。
「すみません、陣内さん。名前のこと、お願いします」
「え?」
「じゃあ、名字、詳細は後でメールするよ」
「は、はい!」
「じゃあ」
颯爽と去って行く陣内さんをぽかんと見つめる。
その時、友人が笑っていたのに、私は気付かなかった。
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