[携帯モード] [URL送信]

MONSTER HUNTER*anecdote
狩り勝負
ココット村から小型の帆船に乗り、アリスとラビは狩場の一つである密林地帯を目指した。温か日差しが射すかの地には、それはそれは美しい浜が存在する。そこに、今回のターゲットが棲息しているらしいのだ。

魚竜種・水竜ガノトトス。青い鱗に覆われた体に、大きなヒレを生やした大型のモンスターである。水中での生活を基本としているが、その2本足で地上を歩く事もできる。地上での動きはゆっくりしているが、巨体を活かした体当たりや、広範囲に及ぶ水のブレスが非常に厄介な相手だ。

アリスは対ガノトトス用に新しい大剣を用意して来ていた。それは炎剣リオレウス。火竜の名を冠したその剣の刃には、炎の力が宿っている。ガノトトスは火と雷の属性攻撃に弱い為、この剣は非常に有効なのだった。

出港して以来、アリスはずっと甲板の上で膝を抱えて座っている。自分の意志とは反して、小さく震える身体。それを落ち着かせようと、何度も深呼吸を繰り返していた。

――あいつに勝てる可能性は低い。というよりも、無いに等しいかもしれない。

アリスはちらりとラビを盗み見る。彼はマストの支柱に腕組みした体を預け、静かに海を眺めていた。

――何か考え事をしてるのかな。それとも、精神統一中?

前線で戦う剣士はがっしりとした鎧兜を装備するが、基本的に銃撃手の装備は軽装である。それは、銃弾や予備の弾の調合材料を大量に持ち歩く為だ。
中距離から攻撃するため剣士よりはダメージを喰らう事こそ少ないが、軽装備であるが故に一撃が命取りになる。よって、モンスターの攻撃を確実に避ける事が銃撃手の基本だという。

回避・狙撃・弾のリロードを上手くこなすには、高度な集中力と技術力が求められるのだった。

――負けたくないよ……。

豊かな自然に囲まれた静かな村。仲良くなった村の人達。狩猟から帰ってくると、いつも温かく迎えてくれる大切な居場所。

失いたくない。
あの街には、帰りたくない。

ちらちらと頭の中をよぎる様々な思いが疎ましくて、アリスは抱えた膝に顔を埋めた。

「……恐いか?」

ラビの低い声が耳に届く。だが、アリスは顔を上げなかった。

「恐くなんか……ない」

「……そうだよな。ハンターだもんな」

「馬鹿にしてるの?」

「いや、そういう訳じゃないけど……」

コツンコツンと、ブーツの踵が木の床を蹴る音が近付いて来る。それに次いで、しゅっと布が擦れる音。目の前にラビがしゃがんだのだろう。アリスは顔を伏せたまま、そう思った。

「ハンターになってどのくらいなんだ?」

「……まだ、半年も経ってない」

答えてから、アリスはばっと勢いよく顔を上げた。

「だからって、手加減したりしないでよね。そういうの、ムカツクんだから」

ラビは気が抜けた様にふっと笑い、アリスの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。

「ちょっ……!なにすんのよ!」

予想外のラビの行動に驚いたアリスは、彼の手を払い退けてキッと睨みつける。

「ああ、すまない。つい……。ハンター歴は短くても、心構えは一人前だな」

ラビは頬杖をつきながら、乱れた髪を元に戻す彼女を眺めていた。そんな彼の瞳はとても穏やかで、村を出る前に見せた冷たい目つきは嘘のようだった。

「街にはさ、おこぼれ貰おうとついて来る情けないハンターだって山程いるんだ。ろくに戦わないくせに、きっちり報酬だけ持って行ったりな」

「……知ってるわよ。私も、ココットに来る前は街に居たもの。そんなのハンターじゃないわ」

「だよなぁ」と頷きながら、ラビは笑っていた。

「じゃ、正々堂々と勝負ってことでいいよな?」

「何回も言わせないで。手加減したら許さないから」

「ああ、本気でやるよ。いつだって、狩りに手は抜かないさ」

やはり、何か違う。
村では挑発的な態度をしていたラビが、今は楽しそうに笑っている。アリスは妙な違和感を感じずにはいられなかった。

「ねぇ……面白がってる?」

「いや、からかい甲斐がありそうだなぁと思っただけ」

「こっちは真剣なんだけど……。もういい。ほら、着いたわよ」

船は浅瀬に乗り上げた。
目の前には鬱蒼と茂る木々と、蔦が張り巡らされた絶壁が広がっている。

アリスは火竜の兜をしっかりと被り、剣を背負うと白い砂浜に降り立った。続いてラビも、ヘビィボウガンを担いで降りて来る。

「水竜を討伐し、その鱗を持って先にここへ戻って来た方が勝ちだ」

「分かったわ」

「くれぐれも無理はしないように。……健闘を祈るよ」

ラビはアリスにそう告げると、馴れた様子で北へ向かって歩いて行った。だが、アリスにとっては初めて訪れる猟場。右も左も分からぬうちから、歩き回るのは妥当ではない。
アリスは持参した地図を見ながら、水竜が目撃された浜を目指す事にした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


目的地に到着したアリスは、太陽の光を反射してキラキラと輝く海面に目を凝らしていた。
水の中に、ゆらりと揺れる大きな黒い影。それは間違いなくガノトトスの魚影だろう。

アリスは用意して来た釣竿にカエルを結び付けると、影の見える辺りに放り投げた。水中に入って戦う事も可能だが、それだと竜の方が遥かに有利になってしまう。
そこで、奴の大好物であるカエルを餌にして、海からガノトトスを引きずり出すのだ。そうすれば地上戦へ持ち込む事ができ、対等に渡り合えるだろう。
ガノトトス程の重量を釣り上げるには、一般人には到底不可能な話である。だが、普段から重い鎧を身に纏って巨大な武器を振り回すハンター達は、それを可能にしてしまうのだった。

カエルを泳がせてから数分後、ピクンピクンと垂らした糸が揺れ始める。水面にうかんでいた浮きがちゃぷんと音を立てて沈んだのを合図に、アリスは思い切り竿を引いた。

大きな飛沫を上げて海面が揺らぎ、水竜の背ビレが姿を見せる。暴れるガノトトスと、堪えるアリス。何度も竿を持って行かれそうになりながらも、最後はハンターが勝利した。
雨の様に海水を撒き散らしながら、海面を飛び出す水竜。その巨躯はドスンと地面に叩き付けられた。

「よしっ!……って、あ、あれっ!?」

アリスはあらわになったガノトトスの身体を見て、目を丸くする。地上に引きずり出されたガノトトスの鱗の色が、本来の青いものではなく、翠色をしていたのだ。

「もしかして、亜種!?」

もちろんガノトトスも例外ではなく、通常の個体よりも亜種の方が身体能力が優れている。水竜を狩る事自体が初めてなのに、よりによって亜種と対峙するはめになるとは……。アリスは強く唇を噛み締めた。

しかし、そんな事は言い訳にならない。正々堂々勝負すると言った以上、亜種だろうと何だろうと構ってはいられなかった。アリスはバタバタと身体をくねらせているガノトトスに素早く近づき、攻撃を開始する。
斬りつけた刃から炎が噴き出し、水竜の鱗を焦がす。アリスはガノトトスが立ち上がるまで、何度も大剣を振るい続けた。

やがて、ぴょんと大きく跳びはねた水竜は、体勢を立て直す素振りを見せる。それを察知したアリスは、素早くその場から距離をとった。

「うわー……デカイ……」

立ち上がったガノトトスの姿をよく見ると、先日のリオレウスよりも倍はある大きさだった。周りの木々を踏み倒しながら、ゆっくりと近付いてくる様は圧巻である。

反撃に出る水竜は、その巨体を武器にしてアリスにぶつかって来る。凄まじい質量だ。当たればひとたまりも無いだろう。
アリスはダメージを喰らわないようガノトトスの体当たりを慎重に避け、隙を見計らって攻撃を当てていく。それはなかなか順調に見えたが、心の中には少しずつ焦りが生まれ始めていた。

――早く倒さないと……!

慎重になりすぎて、余計な時間がかかってしまっているのではないか。その焦りはやがて、『ちょっとくらい強引に押しても大丈夫だろう』という油断を引き起こした。

攻撃する為に潜り込んだ、ガノトトスの足元。そこから退避するか、続けて斬撃を当てるか。
その判断を誤った次の瞬間、アリスは水竜の巨体を避ける事が出来なかったのだった。

ドォンッッ!!

全体重をかけて繰り出された攻撃。アリスの身体はいとも簡単に地面を転がっていく。

「ううっ……!」

火竜の頑丈な鎧をもってしても、全身に響く衝撃。しくじったと後悔しても、もう遅かった。

そんな彼女に追い撃ちをかけるように、ガノトトスは水のブレスを吐き出した。その水圧は、直線状にあるもの全てを貫く。アリスはとっさに横に転がり、ギリギリの所でそれを回避したのだが、右足にズキンと酷い痛みを覚えた。

――挫いた、かも……。

手当をしなければ、まともに戦えそうにない。何とか撤退できないかと、アリスはガノトトスの様子を伺った。すると、水竜はちょうど浜の方を向いていて、アリスを視界に捉えていないではないか。
今なら行けると判断した彼女は、右足を引きずりながら急いで浜から退いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


浜辺を見下ろせる位置まで丘を登ってきたアリスは、茶色い土の上に腰を下ろした。兜を脱いで側に置き、汗で張り付く髪を払う。そして意を決して右足のブーツを引き抜くと、その惨状に溜息をついた。

「うわ〜……酷い」

青黒く腫れ上がった足首。少しでも曲げるとビリビリと痛みが走った。焦りが招いた大失態に、アリスは苦笑いするしかない。

とりあえず、何か処置をしなくては。アリスは近くに落ちていた木の枝を添え木にし、ポーチから取り出した包帯でぐるぐる巻きにしておいた。気休め程度にしかならないが、何もしないよりマシだろう。

――でも、奴だってだいぶ弱ってきてるはず。後は罠を使って一気に決めちゃおう。

『作戦』というには余りに簡単なものだったが、アリスは自分の考えにうんうんと頷いた。罠なら調合分も合わせて持って来ているのだ。これを活用しない手は無い。

ブーツを履き直した後は、砥石を丁寧に大剣にあてて、切れ味を戻していく。炎剣は水竜相手に大活躍だ。後半戦も頼んだぞ、とアリスは愛剣に囁いた。

「さぁ、急がなきゃ。これ以上時間を無駄にはできないわ」

兜の緒をぎゅっと縛り、アリスは再び対決の地へと向かったのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


浜へ戻ると、ガノトトスは再び水中に身を潜めてしまっていた。しかしアリスの気配に気付いたのか、ざあざあと威嚇するように浜中を泳ぎ回る。

アリスは薙ぎ倒された木々の合間に罠を仕掛け、ポーチから今度は音爆弾を取り出した。これはモンスターの鳴き袋に爆薬を仕込んだ物で、爆発時に大きな音を響かせて、聴覚にダメージを与えるのだ。

ガノトトスがブレスを吐こうと、水面から上半身を覗かせる。その攻撃を避けながら、アリスは音爆弾を投げてやった。

水竜の頭上に、キィィン!と甲高い音が響く。驚いたガノトトスは、思わず浜から飛び出して来た。
落下地点に待ち受ける、アリスが置いたシビレ罠。全てが狙い通りだ。地に落ちたガノトトスの身体を、麻痺作用が拘束する。

アリスは右足の痛みをこらえながら、水竜の体を斬り上げた。だが、右足の踏ん張りが利かないせいで、いまいち力が入りきらなかった。

そうこうしているうちに罠が解け、アリスは慌ててその場を離れた。次の罠を調合するのに、少々の時間が欲しい。だが、ガノトトスは大きな口を開けてこちらに向かって来ていた。

「ああもうっ!じっとしてなさい!」

反射的に振りかざした大剣を、迫り来るガノトトスの頭に振り下ろす。炎を帯びた斬撃に、水竜は低く唸り声を上げた。

「え……」

ぐらりと傾いたガノトトスの身体が、アリスの方へ倒れてくる。そしてドシン!と激しい地響きを鳴らし、水竜の巨躯はアリスの上にのしかかった。

「……レウスに続いて、また竜の下敷き。ていうか重いしっ!すっごく魚臭いっ!」

受け身を取ることができたので、押し潰されずには済んだ。しかし、ガノトトスの体はぐいと押しても、微動だにしない。

どうにかしてここから抜け出そうと、アリスは水竜の下でもがいた。体をよじってみたり、ヒレを引っ張ってみたり。……そうしているうちに、ふと自分を見下ろす人影に気付いた。

「……ラビ」

いつからそこに居たのだろうか。彼はアリスを眺めながら、口元を手で押さえて笑っていた。

「なによ、笑ってないで助けてよね!」

「ああ、ごめんごめん」

ラビは彼女が脱出できるように、ガノトトスの身体を持ち上げる。出来たその隙間から、アリスは這いずって難を逃れたのだった。

「遅いから心配になって見に来てみれば、面白い事になってたから、つい……」

まさか竜の下敷きになっているなんて。珍しいものが見れたと未だに笑っているラビを、アリスはぎろりと睨みつけた。

「……こっちは亜種だったんだな。大変だっただろう?」

「別に!この通り討伐できたから、問題無し!……勝負には、負けたけど」

アリスは、彼の手に水竜の青い鱗が握られている事に気付いていた。それに、傷だらけの自分とは違って、ラビは一つも衣服を乱していない。何もかも、完敗だった。

「俺の相手は小さかったよ、こいつとは比べ物にならない位に」

「勝負にそんなの関係ないでしょ?負けは負けよ」

口ではそう言うアリスだが、本当は悔しくて、悲しくて、堪らなかった。
実力の差も、勝敗の行方も見えていた事だけれど。心には、ぽっかりと穴が開いたようだった。

「……そうだな、俺の勝ちだ。ココット村に帰ろう」

「……うん」

アリスは痛めた足を引きずりながら、とぼとぼと砂浜を歩き始めた。その後ろ姿を見て、ラビは漸く彼女の足の負傷に気付く。

「無理するな」

アリスの腕を自分の肩に回し、ラビは小さな背中を支えた。並んで密林を後にする二人を、沈み行く太陽が見守っている。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


村に戻り、アリスは村長に狩りの報告だけを済ませると、傷を癒す為にそのまま自室に帰った。今すぐに解雇宣告を聞く気分には、とてもじゃないがなれなかったのだ。


その日の夜。村の東側にある小さな酒場にて、村長とラビが二人きりで話をしていた。

「すまんかったな、ラビ。お主くらいしか、頼める者がおらんかったのじゃ」

「構いませんよ。我が師の友である貴方の頼みだ。断るわけにはいきません」

ラビはそう答えながら、空になった村長のグラスに酒を注ぐ。飲み干しては注ぎ、また飲み干す事の繰り返しを、もう何度行っただろう。村長の顔は真っ赤に染まっていた。

「でも、回りくどい事をしますね。あんな猿芝居しなくても、正直に仰れば良いのに。俺を彼女の指南役に呼んだってね。アリスは、解雇されると思い込んでますよ」

「あいつの性格が分かったじゃろ?とてもじゃないが、先生を呼んだから従うように!じゃ納得せんわい。お灸を据える意味でも今日は落ち込ませておけ」

「手厳しいですね……」

確かに村長の言う通り、気が強くて自信家な彼女が、他人の教えを素直に受け入れとは思えないが。ラビはやれやれと肩を竦める。

「……アリスの戦い方は危険じゃ。あのままではいつか命を落とす」

「そうですね。俺は水竜を討伐した後、ずっと彼女の戦い方を見ていましたが……。一言で言うと、荒っぽい。でも、最低限の狩りの知識はある様でした。彼女の師は誰です?」

「知らぬ。あいつはその辺りは一切話さんからな……。ラビよ、あいつが一人前のハンターになれるよう、導いてやってくれ。頼む」

村長は神妙な面持ちでラビに頭を下げた。一つの村の長が、ここまで一人のハンターに梃入れするのも珍しい。

「分かってますよ。その為にここへ来たんですから。……村長さんはなんだかんだ言って、彼女を想っていらっしゃるんですね」

ラビがクスクスと笑うと、村長は極めて不愉快そうな顔を浮かべた。

「あいつはわしにこやし玉を投げたがな」

「…………」

ラビは厄介な仕事を引き受けたかなと、少し後悔したのだった。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!