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MONSTER HUNTER*anecdote
ギルドから来た男
森丘を根城にした火竜リオレウスが討伐され、その驚異に脅かされていたココット村に漸く平和が訪れた。

とは言っても、また別の飛竜が暴れだす可能性が無い訳ではない。モンスターと人間が共存するこの世界は、常に危険と隣り合わせである。
この世は弱肉強食。人間は生活の中でモンスターの肉や骨を必要とし、狩りをする。そしてモンスター達は生きる為に草食竜を喰らい、人間に抗う。それは太古より繰り返されてきた、自然の慣わしであった。

その為に、この世界にはハンターが存在するのだ。

束の間の平和と分かっていても、村人達は心からそれを喜んだ。もちろん、この一件でハンターとしてのアリスの評価がぐっと上がったのは言うまでもない。


「じゃーん!見て見て!」

アリスは出来上がったばかりの新しい防具を身に纏い、皆の前でくるくると回ってみせた。嬉しくてたまらないのか、その表情は緩みっぱなしである。

彼女が纏うそれは、鮮やかな赤色をした、美しくも頑丈な鎧兜だ。火竜の素材から作られたレウスシリーズと呼ばれるその防具は、空の王者を征した証でもある。

「ハンターさん、とっても素敵ですよー!」

ギルドカウンターから身を乗り出し、ギルドの受付嬢は手を叩いて称賛した。

「ねぇねぇ僕も見てニャ!」

アリスの隣では、ヨモギが誇らしげに胸を張って立っている。彼の小さな鉄製の胸当てには、まるで勲章の様に火竜の鱗が飾られていた。

「はいはい!ヨモギちゃんも素敵ですよー!」

受付嬢に褒められて、恥ずかしそうにヨモギは体をよじる。
そんな彼女達のやりとりを眺めていた村長は、フーッとキセルの煙を吐き出した。

「ま、今回はまずまずといった所じゃな」

漂う莨の煙。アリスは鼻を摘み、鬱陶しそうに顔を歪める。

「臭い!っていうか、もうちょっと褒めてくれてもいいんじゃないの?なんて言ったって、私はこの村を救ったヒーローなんだから!」

不満げに口を尖らせるアリスに、村長は声を荒げた。

「な〜にがヒーローじゃ!ズタズタのボロ雑巾みたいになって帰ってきおったくせに!調子に乗るんじゃないわい!」

青筋を立てて、ぷいとそっぽを向く村長。直後、その後頭部にべたっと何かが投げ付けられた。嫌な感触と音、それに臭い。村長は恐る恐る頭に手を伸ばした。

「!!!!」

「あはははっ!どう?飛竜も泣いて逃げ出す、こやし玉の威力は!」

「なっ……!なんて物を人に投げとるんじゃ!」

「くさいニャ」

村長はきいきいと文句を言いながら、異臭を放つそれを洗い流しに走り去って行く。その後ろ姿を眺めながら、アリスはしてやったりと腹を抱えて笑っていた。

と、その時。

「……あの、すみません。ギルドカウンターはこちらで間違いないでしょうか?」

ふいに聞こえた男の声に、一転して辺りは静まりかえる。
一同が振り返ると、そこには大きな狩猟銃を背中に担いだ一人の青年が立っていた。

すらりと高い長身に纏う、繊細な刺繍が施された蒼のギルドガードスーツ。それと揃いの羽付き帽子を被ったその男の姿は、まるで貴族の様な出で立ちである。だが、これはれっきとした狩猟用装備の一つであった。

「はい……。ギルドカウンターはここで合ってますけど……。あなたは?」

受付嬢は、突然の訪問者に首を傾げる。するとその男は被っていた羽付き帽子を手に取り、それを胸に当てて丁寧にお辞儀した。帽子の下から現れた艶やかな黒髪が、さらりと頬に流れ落ちる。

「申し遅れました、俺はラビといいます。ハンターの派遣要請を受けて、ギルド本部から参りました」

ラビと名乗るその男は、穏やかに微笑む。だがアリス達は、きょとんと目を丸くしたまま互いの顔を見合わせていた。
一体、どういう事なのだろうか。状況が理解出来ない。

「えっと……。今はハンターさんを募集してませんけど」

困惑気味に受付嬢がそう答えると、ラビはおもむろに胸ポケットから一枚の手紙を取り出した。

「“先日はギルド本部の手違いにより、要請されたハンターとは違う者を派遣してしまいました。御迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません。改めて、適任のハンターを派遣致しましたので、前回配属されたハンターは元の所属ギルドまで御帰還下さい。”……だそうです」

ラビは丁寧に手紙を折り畳むと、それを受付嬢に手渡した。そしてアリスの方へ向き直り、肩を竦める。

「つまり、君と俺が交代するという事だ」

「……ふふっ。あはははっ!」

突然笑いだしたアリスに、ラビは何か変な事を言っただろうかと首を傾げた。

「折角だけど、もう交代する必要なんて無いの。ほらこの通り、依頼のリオレウスは狩り終えたから」

火竜討伐の証である自身の鎧を見せ付けるように、アリスは胸を張ってみせる。
ラビは言われてからその事に気が付いた様だ。あからさまに困った顔を浮かべ、うーんと唸る。

「参ったな……。ギルド命令だから、受けていた依頼をキャンセルして来たのに。あぁでも、また何かが襲って来る可能性もあるし、念の為に交代しておかないか?」

友好的に差し出されたラビの手。アリスは表情を固くすると、その手を払いのけた。

「私じゃ力不足だって言いたいの?結構よ!この村のハンターは私。元のギルドには……戻らないから」

それを聞いて、ラビはアリスの姿をまじまじと見つめる。先程とは打って変わった冷たい目。アリスは少したじろいだ。

「な……何よ」

「見た所、君はまだ初心者だな」

ラビはその背に担いでいたヘビィボウガンを下ろして、アリスに見せ付けた。洗練された無駄の無いフォルム。ずしりと重みのあるそのボウガンは、蒼色のモンスターの鱗がきらりと光っていた。

「これは老山龍砲・皇。先日、砦に進行してきたラオシャンロンの亜種を討伐した時に作成したものだ。君にラオシャンロンが倒せるか?」

――ラオシャンロン……!

その名を聞いて、アリスの目の色が変わった。
もちろんその龍の名は知っている。いや、むしろ忘れた事など一度も無かった。


『ラオシャンロンが向かって来ている。私はハンターとして、この街を守らなくてはいけないんだ』


蘇るあの日の記憶と共に、頭の中でこだまする声。
討伐に向かう“あの人”の後ろ姿を思い出し、アリスの胸が痛んだ。

「アリス?顔色が悪いニャ。大丈夫かニャ?」

「え、あぁ……。ごめん、大丈夫だよ」

心配そうに覗き込むヨモギに、アリスは精一杯の笑顔を作って見せる。そしてラビの方を向き直すと、真剣な眼差しで問い掛けた。

「あんたまさか、あの巨大龍を一人で狩ったの?しかも、亜種って……」

ラオシャンロン。それは山の様に巨大な姿をした太古の龍。その龍が通った道は、破壊し尽くされ何も残らない。その為、ラオシャンロンの出現は天災として人々に恐れられている。

そして、これはあらゆるモンスターに言える事だが、身体の色が通常とは異なる突然変異体【亜種】というものが存在し、時折姿を現す。これらはたいてい、通常種のモンスターよりも大きな体躯であったり、運動能力が高かったりと、手強い相手なのだった。

ただでさえ驚異的なラオシャンロンの亜種ともなれば、強敵などという言葉では済まされないだろう。

「流石に一人ではないさ。他のハンターと三人でチームを組んで、だ」

「三人……!?」

アリスは俯き、受付嬢は言葉を失った。たった三人でラオシャンロンを討伐するなんて……。それが容易では無い事など、この世界に生きている者なら誰にでも分かる。

「……理解してもらえたかな。君がこの村のハンターでいるより、俺と代わった方が安心だって事。それが、この村の為なんだ」

彼の言う事は、極めて正論だ。

「何よりギルド命令だから仕方ないよ。大人しく、身を引いてくれ」

「でも、私は……」

アリスはいつもの様に大口を叩く事が出来なかった。自分と彼とでは、ハンターとしての格が違い過ぎるのだ。

「なんじゃ、何事じゃ」

張り詰めた空気の中、濡れた頭をタオルで拭きながら、村長が戻って来た。何やら重い雰囲気に、眉をしかめる。

「誰じゃこの男は」

「村長、あのですね……」

ギルドの受付嬢は非常に言いにくそうに、村長に事の経緯を説明し始めた。

事情を聞き終えた村長は、さも嬉しそうにニヤニヤと笑みを浮かべている。アリス達が表情を曇らせているにも関わらず、一人だけすっかり上機嫌だった。

「ほほっ!それじゃ仕方ないのう!わしにはハンターを二人も雇う金は無いからな。村長に対してこやし玉を投げ付ける無礼な小娘よりも、そこの強そうな兄ちゃんの方がええに決まっとる!」

「う……」

頭にかちんと来たものの、今回ばかりは分が悪い。アリスはしゅんと肩を落としてうなだれた。

「そんな……!村長さん酷いニャ!未熟かもしれないけど、アリスはいつもこの村の為に頑張ってるニャ!」

「そ、そうです!ヨモギちゃんの言う通りです!」

ヨモギが懸命に異議を唱えると、受付嬢もそれに続いて同意する。村長は落ち込むアリスの方をちらりと盗み見ると、胸一杯に吸ったキセルの煙をゆっくりと吐き出した。

「……ま、確かにリオレウスを討伐してくれた事には感謝しておるからの。代わりが来たからハイサヨナラも、些か無情じゃのう」

はっとアリスが顔を上げると、何やら企んでいる様な、嫌らしい目つきの村長と視線がかちあった。

「ならば、ハンターらしく狩りで決めようではないか。先に狩猟を成功させた方を、ココット村のハンターとして雇う。ギルドにはわしからそう言っておこう」

「な、何よそれ!狩り勝負っていったって、私とあいつじゃ力の差があり過ぎる!結果なんて見えてるじゃない!」

「なんじゃ、お前さんらしくないのう。いつもの負けん気はどこへ行った?あれはつまらん虚勢だったのか?」

村長はアリスを挑発するかの様に、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
確かに、実力の無い自分から負けん気を取ったら何も残らない。いつだって諦めない気持ちで押し勝って来た。しかし……気持ちだけで、ラビに勝てるのだろうか?

「村長さんがそうしたいなら、俺は従いますよ。どんな勝負だって、受けて立とう」

至って余裕の表情を浮かべるラビは、はめていた手袋を外してアリスに投げ付けた。それは彼女の肩に当たると、ぱさっと音を立てて地面に落ちる。

――決闘の合図……!

さすがにその行為の意味を知っていたアリスは、怒りをあらわにした。売られた喧嘩を買わずに逃げるわけにはいかない。

「分かったわよ。勝負しましょう!勝った方がこの村のハンターとしてここに残る」

「そして負けた方は、元のギルドに戻る」

「決まったようじゃな。では、勝負はこのクエストにでも行ってもらおうかの」

村長はクエストボードから一枚の依頼書をもぎ取ると二人に差し出した。それは大きく【双魚竜】と題してあり、その下には【魚竜ガノトトス2頭の討伐】と説明が書かれている。

「一人一体を相手にし、先に討伐した方が勝ちじゃ」

アリスとラビは同時に頷く。そして今回はハンター同士の勝負であるために、ヨモギは村に残る事となった。

「ハンデはいるかい?」

「いらないわよ!なめてもらっちゃ困るわ」

アリスはラビを睨みつけたが、彼は余裕たっぷりといった様子で微笑んでいる。

――絶対に負けたくない!

アリスはぐっと拳を握り締めながら、勝利する為の策を練り始めた。

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